昭和初期に予言していた「現代医学が超えられないバカの壁」
ひさしぶりの岡田茂吉論文より医学関係の論文を。
現代医学が進歩しているというが、まったくそれを信じ切っているのが現代人。
しかし、すでに昭和の初期にそれに反証していた人がいた。
岡田茂吉という。そして、後には医学界でも実験によって同じように証言していた人たちが居た。
千島、松下(←森下の間違い、いちどインプットしたら容易に替えられない人間のサガ←オマエだけだろ!)博士たちである。
しかし、現代医学の強い呪縛はそれらを打ち消し、封印してきた。
いま、再び時がめぐり、その封印が解け始め出した。
それが現代医学が進歩の果てにたどり着く「自壊」の過程で気づくことなのである。
なんちゃって。ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ
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医学は非科学的なり
昭和11(1936)年5月29日執筆
西洋医学は科学的だというが、それは間違っている。なる程機械的ではあるが、科学的ではない事である。何となれば、その診断に当って、その病気の測定方針に確乎たるものがないのである。
その証拠として、五人の医師に診察を受けるとして、五人共診断が区々(まちまち)であるという事の事実を誰もが知るであろう。もし適確なる科学的診断法
があれば、それは何人の医師が見ても、同一の診断でなくてはならないのである。
この一事だけにみても、私のこの説の当否は充分であると思うが、今一歩進ん
でその真相を暴露してみよう。
西洋医学が進歩したというが、実際からいえば、医学としてはいささかも進歩しないどころか、反って退歩否邪道に低迷しているという方が当っているかもし
れないのである。
何となれば医学とは、病気を医する学問であるに拘わらず、医する事が出来ない。医するがごとく世人を欺瞞しているのが事実である。
なる
程、医療器械は頗(すこぶ)る巧妙になっている事と療法の複雑多岐に渉った事と、薬剤の種類の増加は僅かにあるが、それらは医学の進歩ではなくて、療法の
巧緻化でしかない。一面から言えば不必要なまでの複雑化である。
又、その外表に世人は幻惑されて、大いに進歩したかの様に錯覚しているだけなのである。実際を視よ、病理も病原も衛生も、その根本に向っての何ら発見は
なく、十年一日のごとしである。
病菌の種類の発見は確かにある。そうして、それの予防による減少の功績も認めるが、一人の伝染病を予防し得て、十人の他の
疾患の増加の事実に盲目である。そうして、風邪の原因も熱の本体も不明である。
人間の病気とは何が故に発生し、何が故に治癒しないかという事も全然不明で
ある。
その結果として、国民の健康が日に月に退化しつつある事実に直面して焦慮しつつも、どうする事も出来ないのが現在の状態である。
又、病理といえど
も、科学的な確定がない。
今療病に当ってまず根本としての方法は、病気の診断である。病原の探究である。その際病原としての発熱は、いずくにあるかを診査する方法を知らない。
そ
もそも、発熱は身体のある一部に発生した病素を溶解すべく起ったものであるから、その発熱の根拠だけを治療すれば、速かに全身的に治癒するのであるが、現
在医学の診断は、これを発見する事が不可能である。
それは医療から転じて来た患者を、常に扱いつつある吾々は、医学の診断がはなはだしき疎漏(そろう)と
杜撰(ずさん)であって、病原不明かあるいは誤診である事が、少くとも半数以上は確かにある事を知るのである。
この事について嘗て聞いた事があ
る。ある一人の医科大学生が常に、解剖実験を見る時、その診断と余りに相違するのである。
ほとんど誤りの方が九十%位ある事実に驚いて教授に質問したそう
である。すると教授の答にいわく、それは君人間の身体を外部から見るんだもの、違うのは当り前だよ、との事であった。
これによってみるも、いかに出鱈目で
あるかが判るのである。事、人命に関するにおいて信じられない位の事実である。
次に、病理及びその原因においては、何ら進歩の跡を見られないのである。病理とは何が故の発熱であり、何が故の痛苦であり、何が故の腫物であり、又、そ
れらはいずれから影響し、何の為にそういう現象が現われたかという、それらの闡明(せんめい)である。
又、原因とはその病理構成以前の否、病理構成状態の
その根元の発見である。しかるに、それら根元の発見などは、未だ医学ではその端緒をさえ掴んでいない
もし医学において原因の説明をすれば、それは牽強付
会(けんきょうふかい)でしかあり得ない。何ら科学的根拠があり得ないからである。医学においては、病理も原因もあらゆる病原は、頗(すこぶ)る単純にも
黴菌一点張りである。
しかも、その黴菌の感染のみによって、病気は発生するものと思っているのだから、発狂や癲癇、中風などの伝染病以外の病気に至って
は、その説明は絶対困難である。
それらを偶々(たまたま)説明してあるものをみれば、噴飯に価するごとき出鱈目さである。
以上のごとく、病理も病原も何ら適確なる、科学的根拠がないから、医学の診断なるものは、実にその時における医師の推断が根拠となっている。
故に、診断
が的中するという事は、その医師の推理的頭脳が優秀であるという訳である。たとえていえば優秀なる易者は、比較的的中するようなものであり、相場師が前途
の騰落を推断するそのようなものであるとも言えると思うのである。
それがそれぞれの医師によって、診断が違うという原因であると思うのである。
これにみて
も西洋医学なるものは、器械的ではあるが、科学的ではないというのである。
ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー
本来はここを音声読み上げで説明しつつ盛り上げるつもりだったブログですが、ココログの方で一度にアップできる容量を大幅に制限したため、とりあえず文字のみで行きます。
そのうち、どこか音声ブログでも見つけてそちらに移ろうかと考えています。
1936年昭和11年という相当昔に書いた論文ですが、今になってようやくその意味が分かりだしてきたという感がします。
もっともほとんどの一般大衆は未だに医学迷信にかぶれている状態ですので、この様なことを聞いても見ても理解できないでしょう。
しかし、千島、松下(森下)学説と言われていまだに異端視されている医学論と比較してみると、相応に理解しあえる内容でしょう。
残
念なことに千島、松下学説(実験結果によるもので、思案とかの類ではなかったので「説」ではなく「実証」だと言われる)は40年前に国会の特別委員会で実
験検証への道が開けるという寸前まで行ったが、当時の医学界と厚生省、科学技術庁などの幹部が実質的に握りつぶしてしまった。(追試実験をを拒否した)
宗教界では昭和に初期に、少し遅れて日本の医学界でも昭和の初期にこういう現代医学の本質的批判がなされて、その証拠まであったのに黙殺され続けてようやく21世紀、この2009年頃から、世間にも明らかになり始める予感が「強く」するものです。
本来宗教と科学は一致するものですから、どちら側かからも新医学論が出現していたというこの日本国は世界にさきがけての既成医学の革命がおこる宿命が担わされていると確信しています。
しかし、その反面、世界にさきがけて薬害や医療被害もより多く起こるという経過をたどらなければ、世間一般人には気づく機会が無いのかとも感ずるところは悲しい現実を見させられる思いです。
世界に先駆けて原子爆弾の恐ろしさを身をもって体験した日本国民が世界に先駆けて世界平和を実現する権利をもち、実行できる能力があるからです。
医
学においても世界に先駆けて真の医学を確率して日本人がまず健康世界を創り、世界の見本となるべき運命にありながら、現実では世界に先駆けて薬害を受ける
という真逆な状況にあり、国民の意識はまったく無理解無能化されてしまって、現代医学信仰はますます強く、たどり着く先が断崖絶壁が待っていることを無意
識に知っているのでしょうか?
現代医学の行き着く先の危険性を知らなければその暴走は止まる所を知らず、そのためにも「早く認識する意
味」があるかの様に、日本の厚生行政と医学界、マスコミが一団となって国民の不健康化を進めているかの様な状況下にあって、個人の発する情報がいかに小さ
く世論に影響を与えるには力不足と認識しながら、それでも蟷螂の斧の乾坤一擲。
全然意味不明は事を書いているこのわたくしめの雑文はこのくらいに致しまして、ほんじつのごあいさつとさせていただきます。
ん? なんじゃこりゃ。
(´,_ゝ`)プッ
ちょっと高尚な文章をかけばいいと思いこんでいるバカの壁を越えられないオツムがついつい・・・
題名でつろうなんて思って・・・
いました。