【現代医学で病気は治らない!?】 1996年版 | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

古いやつだと思うでしょうが・・

やっぱり古い!(^_^;

なら廃棄しろよ!

もったいないお化け

わしじゃないぞ



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【現代医学で病気は治らない!?】          
          ひのもと異学     1996、7、6

こんな
ことを言うと頭を疑られるだろうが、事実、医学が進歩す
るほど病気は一段と重難病化して行き、増加の一途をたど
っているのが紛れも無い現実なのだ。

それに加えて、年々増大する医療費は健康保険制度そのも
のを崩壊へと導いている気配だ。

これだけの研究と労力、そして莫大な費用を要して出来上
がっている現代医学。

いまだにその本質的な欠陥に気づこうとしていない。

病気を治していると思うのに、病気は逆に増えてしまう。

この不思議な関係に疑問をもちながらも、原因が分からな
い。

あたかも現代医学そのものが難病奇病にかかっているかの
ようだ。

今ところ、医学の賛美弁護論として「寿命の延長」と「各
種伝染病の減少」が上げられるだろう。

しかしある医学専門家によると伝染病の減少は医学の貢献
によるかどうか疑問であると発表している。

そして寿命の延長が果たして医学の進歩の成果かどうか、
疑問とされる論も現れるだろう。

それが医学の恩恵だとしたら、長命の人は必ず医学のお世
話になっているのが本当だろう。

しかし、事実は「健康だから医学のお世話にならない」で
来た人の方が多いのではないだろうか。

ここで異端の医学として区別するため仮に『未来異学』と
名付けて説明してみよう。

病気とは人間保有の毒素の排除作用を名付けたものである。

---異学病気とは人体を損なう悪化作用である。

----医学これで分かるように決定的に違うのは、病気
を人体をより健康に正常化する働きという考え方と、健康
を損ねるだけのものという考え方で丸っきり反対の考え方
なのである。

しかし病気には苦痛が付きものである。

その苦痛症状を病気の本体とみた医学は苦痛を悪いものと
解釈して、それを緩和することに主力を注いだのである。

その手段として唯一の有効手段が『薬剤』である。

それは毒素排泄の力を弱めさせ、その結果、苦痛が緩和さ
れるのである。

薬剤とは毒物そのものであるからである。

人体保有の浄化力の源はすなわち生命力である。

その生命力を弱めるには毒物を体内に入れることが最も有
効手段であろう。

毒物を入れることによって毒素の排除作用は弱まるから、
それに付随して起こる苦痛も緩和軽減するから、それで病
気が治ったと勘違いしたのである。

だから医学は苦痛緩和方法を病気治癒の方法と錯覚して出
発してしまったのだ。





古来から研究を重ねて来た方法の出発点から『錯覚』であ
ったのだから、いくら医学が「進歩]を重ねても病気は治
らないのである。

したがって医療とは苦痛緩和方法であって治病方法でなか
ったのである。

苦痛緩和の進歩が医学の進歩であって、毒素排除の期間を
先に延ばすということでしかなかったのだ。

しかももっと重大なことはその苦痛緩和の方法が新たに病
気を作り出すと言うことだった。

病気を一時的に停めて先に延ばすだけならまだしも、さら
に病気を追加するというのが医学であると知ったとき、人
類はものも言えない程の驚きを覚えるだろう。

医学と言えばその時代の最先端の科学という知識で成り立
ったものとして、それに携わる人達は医師として人々から
特別な畏敬の念をもって尊敬されて来た。

われわれ人類の祖先以来の智慧と知識の結晶、、「現代医
学」  病気治癒の本道と思われて来た医学が実は病気の
本源となっていた、、、もしもそれが真実ならば、悔やん
でも悔やみ切れないほどの犠牲をはらわされて来たのだか
ら。

もしもこの世を創られたという神が在るならば、なぜそん
な重大なことを教えてくれなかったのだ。

過去に現れた聖者のだれもがそんなことを知らせてはくれ
なかった。



途中ですが
間違いだらけの医者達
ps ありがとう

ひまあり異学


やはり神も仏も無いのだろうか。

こう悲嘆に暮れそうだが、奥深い所にこれも神の経綸が含
まれているようだ。

それはともかくとして、この驚きと悲嘆は、これから真実
に気づいた人すべてが共通することなのだろう。

医学とは毒素排除を延ばす方法の進歩で、余病併発や再発、
慢性はそのためである。

異学の真の治癒とは毒素排除を促進させ体内を清浄化する
方法だ。

唯一これこそ真の医術であり、真の健康者をつくる手段な
のだ。

無毒者に近づくに従って、もちろん伝染病にも感染されな
い完全健康者となり得るため、消毒など必要なく感染恐怖
症などどこ吹く風となるのだ。

毒素とは紛れもなく薬剤のことである。

その主流が治療に使う医薬品なのだ。

医学は苦痛緩和手段を繰り返す結果、浄化は延期し、終い
に半健康者となるでのある。

少年のころから弱体となり、青年になっても老人のごとく
生気のない半健康者が出来上がって行くのだ。

ここで重要な点がある。

健康者と半健康者がどちらが病気にかかりにくくなるか。

意外なことに、半健康者が病気にかかりにくいというのだ。

毒素排除作用は健康だからこそ発生するというのが原則だ
からである。

健康者ほど新陳代謝が旺盛であるため浄化作用が起こりや
すいのである。

つまり生命力がある、活力があるというだ。

伝染病は浄化力旺盛のためであり、とくに年少者ほど多い
のもそのためである。

近来予防接種で伝染病の減少を喜んでいるが、内実は毒素
保有を増やしただけで半健康者をつくり浄化力を押さえて
いるに過ぎないのである。

いかしいつまでも浄化されないでいられないのだから、い
つか必ず何かの病気として発生することになる。

現代人に無毒の人は一人もいないだろうから、浄化作用発
生で医学では極力それを止めようとする。

それを繰り返すうち、浄化力も反発する。

すると浄化力と浄化停止の摩擦が生じる。

強い浄化力には強い浄化停止、、、この摩擦が強烈である
ほど衰弱を増し生命に危険を生じることになる。

強い浄化者ほど強力な薬剤を使用するからである。

強い薬剤とは毒性が強いということだから、生命力を弱め
て浄化力を止めるのが薬だから、その薬を強めればとうぜ
ん生命力そのものを停止する力があるのだ。

つまりどんな病気でも命を止めれば治るという笑えない話
である。

医療の進歩によって寿命が延びたのかどうか本当にそうな
のか、毒素多量保有者が本当に長寿を得られるのかそろそ
ろ結論が出るころだろう。

寝たきり長寿ではない、健康溌剌の健康長寿者がこれから
増え続けて行けるのかどうか。

健康長寿が医学のお陰なら、今の若い人たちが今の老人よ
りもさらに元気で長生きできるはずである。

(それなら介護保険など考えなくても良さそうなのだが)
もしも長寿に陰りが見え始めて来たとき、それは時遅しと
いえども医学が信医学に大政奉還をするときであろう。

その前に半健康者の増大、病気の蔓延という事実が見えて
も依然として気づかないで、いや気づきたくないという人
間ばかりなのだろうか。

それにしても、多量なる毒素保有者はあらゆる伝染病に感
染するという恐怖感を持ちつつ、衛生に気を使いながら生
きて行かなければならないだろう。

しかし自然の摂理は厳正である。

病菌は内部からも湧くのである。

気の毒、いや、、、身の毒な人がこれからうける浄化の試
練を想うと、内心あまり晴れ晴れしない気分である。

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