現代人の「注射ばやり」 正宗白鳥さんから記事もらいました | akyoonの異端の医学と不思議な情報

akyoonの異端の医学と不思議な情報

医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

え、正宗白鳥?

そんな白鳥っていたっけ?

なんてね。

「せんせ~~注射してください!」
と願うことが流行になっているのは昔っからのようです、

にんげんが古代から勘違いしてきた

薬で病気が治る

いう勘違い

途中で、ジャンナーやパスツーリングやゴッホンなどが
それに拍車をかけたのもあるだろうが

これは製薬産業の陰謀ではない

あなたの勘違いにある

求めよさらば与えられん

だから、造るのよ、売るのよ
ってね。


注射ばやりもあなが創っている流行(はやり)病(やまい)


「その流行病も注射でなおりませんか?打ってくださいせんせー」
「じゃあ、このワクチン打ちましょうかねえ~」


ワクチン、惑珍

ほんと。この世の珍なる誘惑だ

ワクチン打つの流行はまだ続く・・・・・のかな?








ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

 去る七月八日の夕刊読売紙上に「注射ばやり」の題の下に、正宗白鳥(まさむねはくちょう)氏の文が載っていたが、それはこうである。


「注射治療は益々流行しているようである、私は保健のための注射も病気治療の注射もやった事はない、先頃腸チフスの予防注射が施行されるので町役場から通知書が配布されたが、それには何年生まれから何年生まれまでと制限されていて、六十歳以上の者は除外されていた、老人には病の危険がないのか、注射の効果がないのか、あるいは老人その者は存在価値がないので無視しているのか、その理由は分らなかった。
 その通知書には、注射を受けに行かない者は三千円の罰金に処すと記されてあった、老人無視は気にならなかったが、この罰金の事は、私の頭脳のわだかまりとなった、チフスの予防注射は的確に効能のあるものとされ、自分自身のためばかりではなく、社会公共のためにも罹病を防ぐための法を講ずるのは当然で、それを怠る不心得者は罰すべきだとされているが、それにかかわらず、その強圧的態度は人をして不愉快を感ぜしめるのである、電車内の喫煙、往来での放尿など禁止するのが当然でありそれを犯す者を処罰するのは当然であると思っている程に公共道徳観強い私が、罰金でおどかしてまでチフス予防注射を強行するのを変に感じたのはなぜか。
 それは私の心の底に、暗々裏に予防注射なんか効くかどうだか判るものかと思っているためではあるまいか、効くかどうだか分りもしないものを強制していいかと暗々裏に疑っているためではあるまいか、それは私の無知のせいであろうか、しかしこれは無知のせいであるとしても、世の中には判りもしないくせに人に強制して当人の好まざる事を行わせる事が極めて多いのである。古今東西すべてかくのごとくして、人世は経営されたのである、そうでなければ社会の秩序は保たれないのであろう、強権者出て弾圧的に人間の行動や思想を統一しなければ、人の世は成立たないのであろう、封建的強権者、民主的強権者、民衆のかたまりが他を強圧する事もはなはだしいのである。
 新しい注射的治療法が発達したため、色々な病気が喰止められて、死亡率は著しく減ったそうだが、しかし今まで不治の病とされていたものが、完全に回復するのではなくって、生きもせず死にもせずといった有様で生命が持続するものの殖えるのが、日本の現状であるそうだ、秦の始皇帝の求めていたような不死の薬は、いくら医術が進歩しても、出現しようとは思われない。もしそういう「不死注射」でも出来て、働けない老朽者で、世界が一杯になったら、人類生活は成立たないのであるが、新薬注射で、死にもせず、生きもせずの人間が多数になり過ぎても人類生活の成立たなくなる事は不死の薬発明と似通(にかよ)ったものとなるであろう」(芸術院会員)

以上


え、こんなの出ていた?

って人江

昭和26年(1951年)の読売新聞だって(笑い)


それから日本人は進化したのかな?

ジェンジェン~~


やっぱ、注射好きな人が増えた

でも

やっと最近になって嫌う人も増えた。


「生きも死にもせず」の半人間になったらつらいぞ

「大往生したければ医療とかかわるな」・・ベストセラー本

でも読んでちょうだい。

「ワクチンは効いた例しがない」  ←検索ね