ついに最終版、神との対話に出会いました。
http://www.sunmark.co.jp/frame_isbn/978-4-7631-9719-1.html
別の目的で本屋さんへ行ったら、これ見つけました。
まあ、どうせあの対話シリーズ同じ様なくり返しだろう・などという、神に対する不遜な態度でしたから、その時は買いませんでした。
そのご、ちょっと家の事情で外出時間が制限中という状態が続きましたので、この際だからこの分厚い本でも読んでみるべえか。
で、読んで「ああ~~なるほど!」と思うことと、「え~~??」という驚きと交差でした。
しかし、グットタイミングというものは後でわかるというもの。
ここ10年はその下地になる情報を仕入れてきた訳で、「なるほど」と思うのはそういう事でした。
いままでの宗教が教えてきた「死生観」がおおきく覆されてしまうのは後半の方でしょう。
21世紀は宗教という組織は必要なく、個人個人が神と直接の関わりになるという話しはずっと聞いてきたものですが、それでも「私は神なり」などという「不遜」な話しはなかなか出来ないし、また口には出して言ってもちっとも実感のない言葉でした。
10年前にバーソロミューの本の中で「あなたは神なのです」とかいうのを気に入ってしまい「私は神なり」などと口で唱えていたこともありますが、やはり心の奥ではそうは思っていなかったのでしょう。
どうみても自分が神のようには見えないからです。
こんなくだらない自分が「吾は神なり」などと口に出していたんでは、自他共に認められるものではありませんから。
しかし、
その後もいろんな本を通じて、吾はどう転んでも神の一部なんだ、いや神の無限種のうちのひとつの個性を表現している神なんだということを教えられる情報に接してきたわけです。
そして、どうしてもアタマで説明を受けて認められないとならない習性を身につけてしまった現代人としては、やはり細々とした解説が必要だったんでしょう。
この「神に帰る」の内容は、古今東西、聖人と呼ばれてきた人達がなかなか説明しきれなかった事を明確にしてくれたと思うのです。
人はなぜ産まれてきて、この世でなぜ(わざわざ)いろいろな苦労をして、そして多くの人が失意のまま死んで行くことがくり返されるんだろう?
幸せな人、不幸な人、健康で寿命を終えるひと、病気で去って行くひと
どうしてこんなに人によって差があるんだろう。
これに対して宗教は罪と罰論、贖罪論、神の審判、いや、自分自身の審判、カルマの結果論など、いろいろな解説をしてきました。
しかし、それを心から納得できたものがあったでしょうか。
やはり、多くの人は死後の世界の実相をあまりよく知らなかったため、どの論も安心立命の境地に導くものが無かったと思います。
そのため、あの世の天国と地獄という仮想領域を創り出して罪と罰という善悪論を創ってこの世での人生を制限してきたのでしょうが、それがかえって逆作用を及ぼしてしまったのは今の世界の実情でしょう。
人は制限なく自由に生きるのが真実だと言うと、「そんなことしたらみんなが好き勝手に生きるから、世界はめちゃくちゃになる」というわけでしょう。
しかし、じつは本当はそうではなく、そうした方が世界は実にうまく行くようになっていたんではないか!?
という事を死後の世界の実相を知ることで理解出来るのす。
われわれは本当に長いあいだ、理外の理ということを知らなかった、理解できなかったのです。
こういう本がついに出てきたということは、これからの世界がいかに大きな転換を迎えるかという兆しというか、その準備ができるように、それこそ大きな神の計らいなのでしょう。
いや、その神の一部がこのオレでもあるという。
じゃあ、その大きな計画をたてる会議にオレも参加していたということかい?
う~~MU
じゃあ、いまヘタコイテいるのも聖なる計画のソウテイナイなんだな(爆)
まあ、この本を読んで書きたい事は山ほどあるけど、だいたいがハヤチトリだから、あとで気が向いたらにしよう。