<form id="handleBuy" style="margin: 0pt;" action="http://www.amazon.co.jp/gp/product/handle-buy-box/ref=dp_start-bbf_1_glance" method="post">
|
| ||
5つ星のうち 4.8 レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
福島原子力発電所の事故に見る、
</form>
日本人総「ヘタコイタア~」現象をどうみるか?
なんちゃって・・・・
アルカイダの首謀者、ビンだビン!氏が処刑されたという話しを日本人はどう聞いたのだろう?
これって、日本が昔から大地震国家という宿命を持っていながら、それをわざと「忘れた」事にあるのだろうか?
「忘れる」 これは重要な要素である。
うん。
忘れなくちゃあ、なにも始まらなかった。
最初は愚~~~
つまり、愚のまえに忘れるという事が必須条件になるというもんだな。うん。
どうりで、ボクは天か一品の忘れ者を自認している。
これはボケとは違う。
はなっから忘れっぽかった。(しかし、どうでもよいことはよく覚えている 苦笑)
アルカイダなんてあるかい!だ!!
なんて言っちゃっても、なんの事か?
つまり、アルカイダという組織を創り上げて、その首謀者にビンだビン!という酒飲みを配役に回した。
そして、それは料理の下ごしらえであった。
料理とはその日、9・11のメニューである。
既にアメリカ人は70パーセントが知っているそうだ。
そして、
日本人は
あまりにも物忘れがひどくなってしまって、
逆に90パーセントが、アルカイダがあるの方になっているという。
この極端に物忘れをする人たちに捧げる言葉が最高の褒め言葉として与えられた。
マインドコントロール
そう、実に日本人にぴったりの褒め言葉になってしまったという。
これは池田整治氏が出版したものの題名だけど、1,2まで本に出来た。
しかし、その2は売れ切れくらいに売れたのに、増刷されていないという。
しかも、3まで出そうとしていたというのに、その話は出版社から立ち消えになったという。
そして、2までのその出版社の編集長は更迭されたらしい。
どうだ、
アルツハイマー病の日本人諸君よ。
すこしは福島原発の神話崩壊で思いだしてきただろうか?
というボクもそのひとりだから、えばって言える。
そう、教えられた事を素直に信じる人の好い日本人なのだ。
疑う事を知らないゼンナンゼンニョ。
果たしてそうなのかな?
アホばっかりと思っている詐欺師がいたらイチコロじゃないか?
しかもだ。
信じる対象が「自分より上」ばかりだ。
学者、知識者、国、お上・・大本営・・・
なんだ、こりゃ、自分より上の権威筋だけを信じるひとたちでしかないじゃないか?
なかには、富みまで権威にしている「人の好い、善男善女」が居るらしいから、もっと問題だ。
金持ってる奴にはヘイコラとなびいてしまうというから、もっと始末が悪い。
金の力でなんでも操作できる世の中にしてしまったのは自分なんだよ、自分。
そして、それが集まってしまったからもうどうにも止まらない、止められない、かっぱえびせ● ←広告料支払ってくれたら●の所を解除します。(株)えびせん様
いまや世界最大の権威となり下がってしまったお金に、官官学学がなびいてしまった結果。
地震国ニッポンに一番似合わない原子炉をたくさん作りあげてしまった。
そして、いま、
みんして
ヘタコイタア~
と叫んでいると聞く・・・・
そんなのアルカイダから分かっていることだ。9・11を未だに90パーセント真実だと思っている日本人諸君よ。
そんなのは鼻から分かってたことだよ。
いまさら重大事故になってから
ヘタコイタア~
のは誰が責任だ!!
などと怒鳴ったって
後ろ見て言えば、その人も後ろを見てそう言う。
前に人の背中をつついてそう言えば、その前の人もまた前の人の背中をつつく
こうして、回ってきたら、
なんとオレは前からも後ろからも指さされて
みんなオマエのせいじゃあ~
とののしられたいた。
まあ、そんなもんさ。
騙されるには騙されるわけがある。
それは前提として
忘れることさ。
なにを?
自分がすべてを知っている
ということさ。
それを忘れると、自分には聞けないから、
他人に聞くことになる。
そうして、他人でも自分より目線が上の者にね。
学、金、見かけ・・・
そうして、その人たちに自分の運命まであずけてしまう。
そうして、最後に自分に回ってくるのさ。
人はそれをマインドコントロールの効果とも言う。
しかし、
コントロールを受け入れたのはやっぱり自分の力だった。
自分の力を忘れるという力を駆使して、
他人の思うように思考して、その思考は想像力だから創造する。
やっぱり、力はあったのだ。
ただ、他人の意思のために使っただけのこと。
当然、その創造は自分の世界にはね返って写しだされる。
ようやく、そこで気づくのだが、その気づきがあまりにも遅い。
そうなると、もうひとつ、ふたつ、気づきの現象が起こってくる。
それが地震だったりすれば、揺さぶりを掛けられているのは物じゃない、心なのだ。
これからどうなるかは結局創造者たる自分が創造するのだから、気づきが起こるまではエスカレートするのだろう。
以下は愚理子のおまけです。
ヘタコイタア~
ああ、これはなんてことだ。
自分の人生はどうしてこんなことに・・・・
おめでとお~~~~
え、 だれだ。 なにがおめでたいんだ!
だって、、あなたは大成功したんですよ。
だから、おめでとう!
ばかいってんじゃないよ!
おれはもう、首つって死ぬしかないくらい落ち込んでいるんだぞ!!
はい、そうですね。
だから大成功!
だから~~、なにいってんだ!
なにが大成功なんだうよ、マッタク!!
だからあ~~
いったでしょ。
あなたが当初から計画して「想定内」通りにうまく逝ったということですよ。
あ、そうか・・
あなたはその当初の計画を忘れていたんだっけ!
なんだなんだ。その当初の計画ってのは?
はい、あなたはこの宇宙でもすんごく勇気ある、しかもかつて無いほどの壮大な計画を立てて、それを自ら実効に写したんですよ。それは凄い計画でした。
あなたが創造主として、これほど勇気ある、しかも冒険を行うということを宇宙の誰もが注目の的であったのですよ。
そして、あなたはそれを確実にこなして逝った。
なんだ逝ったってのは?
まるでメチャクチャデゴザリマスルガナ~(アチャコ←これ知ってる人は相当の古強者じゃなあ)かい?
そうなんですよ、それがどうなるかという事はやってみなければ分からない。
でも、たぶん逝ってしまうでしょうね、きっと・・・そんな冒険の丘に立ったんですよ、あなたは。
ふん、それで失敗したってんだろ?
いえいえ、とんでもない。それが大成功したってわけ。
ああ、じれったいなあ~~~
大成功したって意味分かってない、いや、忘れた旅人だから、今は思い出せないか。
忘れた旅人?
そうですよ、あなたはまず、最初に「忘れること」を選択した。
そして、その後はどんどん忘れることの冒険の旅ですよ。
なんだと、忘れる?なにを?
はい、自分自身の霊性を忘れる事を旅の始まりとしたんですよ。
なんだって、自分の霊性? なんだ、その霊性ってのは?
はい、自分が神の顕れだという事です。
自分が神から離れて、分離してしまったらどうなる?っていう、まあ、いってみれば、大富豪がトコロテン貧乏になったらどうなる?っていう様な一例ですけど。
大富豪が貧乏人に陥ったらどうなるってのかい?
でも、もともと大富豪なんだから、そんな気持ちになれるわけないだろう?
だからですよ。忘れるんですよ。
自分は大富豪で何不自由ないのに、わざわざそれを忘れてしまう。
なるほど、忘れちゃあ自分が貧乏人でも実感できるか・・・・
そうそう、それですよ~
自分が大富豪を忘れちゃって、一時的にでも大貧乏人の体験をしたいっていう、なんちゅうか、我が儘に生きるということでしょうかねえ~~
わがまま・・・・
しかし、それがうまく行くには大富豪を忘れなくちゃ。
でしょ。
忘れるから実感できるのですよ。
だって、いつも自分は大富豪なんだと心の奥底に記憶が残っていたら、ちっとも大貧乏人になれませんよ。
貧乏ってのは欠乏心なんだから。
いつでも大富豪に戻れるんだって思ってたら、ちっとも実感できないでしょ。
そうか・・・・心底から、ワシは貧乏なんだという想いか・・・
それが大切なんだなあ
そうです。だから大成功するんでしょ。体験旅行として。
あ、そうか。
魑魅の逝った言葉
大成功ってのはそのことだったんか!
そうそう、あなたは大成功したんですよ。結果的に。
そうして、究極の大成功者は自分の本性を忘れて自殺まで逝ったひとかも知れないでしょ?
う~~~む。
そうか、究極の結末は自殺か・・・・
いえ、大成功としての話しですよ、それは。
仮定の話ですから。
でも、究極の自己否定としては自殺は大成功者なんでしょうね。
う~む。
それはかなり反発ありそうな話しだね。
だって、世の中の悲劇を肯定するような事だから。
逝ってみれば究極の選択でしょうね。
神と分離してトコトンまで逝ったらどうなるっていう、勇気ある旅路の結論としては。
でも、テーマから言うとそれは大成功者でしょ。
究極に逝ったら「不幸なる死」か・・
そう、不幸と死はテーマパークの最終章でしょ?
だって、それがゲームの上がりみたいなものだから。
上がり? それがゲームの上がり?
幸せじゃないのか? 上がりは?
だって、ゲームなんだから。
映画でもそういうのあるでしょ。ハッピーエンドで終わらないシナリオが。
ホラーとか。
ホラー・・・・そう言えば、なんであんな恐怖感や悲劇で終わらせるんだろう?
だって、それを好きこのんで、わざわざお金まで払って見に来るお客さんがいるからでしょ。
う・・・・そうか、好きこのんでね・・・
そうそう、あなたも好きこのんで、このテーマパークを自ら設定して、自ら参加して来たゲームだとしたら・・
大成功でしょ、もう。 最後はこんな事になったんだから。
好きこのんで参加したのなら納得するけど・・そんな覚えは全くないからなあ・・
だから~~~
「最初に忘れる事から始まった」って。
???? どうしても、思い出せない・・・・・・????
ところで・・・・
貧乏ってのはどうして実感するの?
貧乏という基準というか、状態は?
そりゃあ~^^君、 自分一人じゃどう逆立ちしたって貧乏にはなれないよ。
それは大富豪でもおなじ事。
だって、神独りじゃ、全然そのままだもんね。
で、考えた・・・あるったけ智慧絞って考えた神・・・(おい、それはないだろ)
較べる相手を創りだしたのさ。
想像で、いや創造か。
すると、もう独りの自分と較べて・・・という比較ができるだろ。
そうして、あいつよりオレは裕福だ。
あいつより、オレは貧乏だ。
まあ、持っているか、持ってないかの比較をしたってわけ。
そうして、その類の比較対象をどんどん創り上げた結果が今の地上の楽園。
神のお遊びに付き合ってきたにんげん様の方が主人公ってわけ。
そうして、自分の状態を知るのには周りのひととの比較をして自分を定義するわけ。
あくまで、他人との比較でしか分からないんだな。
独りで鏡のぞいていたって分からない。
そうなると、自分の持てるものと人の持てるものを比較して、ようやく自分の定位置を決めるんだ。
違いってだけなんだけど、そこに重要なポイントを入れてやって飾りを付けた。
それが
「優劣」という意識だ。
何が優劣かは多数と少数の関係だろうかね。
いや、感情かな、感情から勘定が始まったんだろうかね。
この世界に独りしか居ないんだったら、幸も不幸もない、裕福も貧乏もない。
だって、比較できないからね。
外国に行ってわかると思うけど、その国が日本よりも貧乏なら、自分は途端に裕福なお金持ちになってしまう。
逆の場合もあるだろうけど。
ぜんぶ、他との比較をしてるんだ。
だから、ぜ~~~んぶ、自分の世界は他人という比較対象がなければ、自分を知ることが出来ない。
自分が善人であったり悪人であったり、幸せだったり不幸せであったり、運がよかったり、運が悪かったり・・・・
ぜんぶ、他人との比較でしかない。
しかもどれも経過途中だろう。
失敗成功なんてのも、時間をそこで停めてみている時の他との比較でしかない。
自分の流れは永遠に止まらないんだから、途中の比較で自分を定義できないんだけどね。
それでも、人は自分の生身の一生だけで決めたがるんで、多生の縁というか他生の縁というか、そういう繋がりをたってみるから、どうしても固定しちゃうんだろうね。
良くも悪くも無いって事は自分の永遠の魂からみたら、ホンの一瞬の時間をかいま見ただけで自分を固定しているというだけなんだろう。
きっと。
そうなりゃあ、ヘタコイタア~と叫んでいられるのも、ほんの一瞬だな、きっと。
え、おれはいつも叫んでいる?
ああ、、なら、ヘタコイタア~で売れるぞ。
パート?くらいなら軽いな、でも途中で発禁になるかも(なるか!・・でも出版社さん、お断りしませんからね、いつでもどうぞ~)
