嵐の前の静けさ
ん? けっこう世の中騒がしいんじゃない?
へ? 聴く音はセミや虫の声ばかりだけど・・・
そりゃあ、おまえ畑や野山ばかり居るからだろう。
にっぽんこくじゅう、選挙で騒々しいぞ
いや、畑にいてもそういう声はきこえてくるけど。
それにしても、そういう事を超えたような大嵐が控えているような気配というか・・・
そりゃあもう、100年に一度どころかあん千年に一度と言うような・・・
ということで、最近は書き込みはほどほどにして、もっぱら他の人の話を嗅ぎまわっているきょうこのごろです。
じつは最近注目しているのが「光文書」というところです。
その中に「最終知識」という項目もあり、例によって音声読み上げソフトに呼んで貰っています。
ボクも13年間ほど精神世界、いや宗教世界にどっぷりと浸かってきたものですから、ある程度の知識はあったのですが、いまは自由ほんぽう、と言えば聞こえはよいけど、ほとんど心身ともに堕落の道に・・・(苦笑)
まあ、世の中「無駄なものは一切無い」と聞きます。「無駄も無駄ではない経験になる」とすれば、何十年、いや一生無駄な人生を過ごした場合でも、それを糧にして次回はそれをバネにして・・となるのでしょうか。
いや、そんな言い訳はもう通用しないぞ。なんて言われそうですが、とにかく、気づくときはその人のグッドタイミングでやってくるものと思い直している(という言い訳をしている)わけであります。
五木ひろしの「雑草」という詩のように、ひとは幾度も失敗を繰り重ね、それにいつかは気づいてゆくという、まあ雑草の様にたくましく生きたいものだとおもうばかりです。
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーhttp://j-lyric.net/artist/a000605/l006362.html
空の青さに
叶うような
一途な心で
いたかった
誰かのために
できることを
自分の夢に
したかった
つまづいた石さえ
拾ってやれる
大きな手しか
ないけれど…
※笑わば笑え 笑えばいい
どんな道に咲く 雑草でもいい
ふりむかないで ふりむかないで
まっすぐ空に 手をかざし※
空の広さも
知らないで
なにを語れば
いいのだろう
正しいことを
覚えるまで
ひとはどれだけ
まちがうのか
咲いてもみなけれど
名前も知れぬ
小さな花も
きっとある…
笑わば笑え 笑えばいい
どんな道に咲く 雑草でもいい
ふりむかないで ふりむかないで
まっすぐ花を 咲かすまで
(※くりかえし)
ーーーーーーーーーーー以上ーーーーーhttp://j-lyric.net/artist/a000605/l006362.html
ところがけっこう過去のことをついつい「ふりかえる」んですね。
そして笑い話にできるまで、ついつい後悔ばかりしちゃって(苦笑)
じゃあ、全然ふりかえるなって?
それもどうかな?ってのが今の人類の課題なんでしょうね。
「正しいことを
覚えるまで
ひとはどれだけ
まちがうのか」
ってところですよ。 これって
よく言われるんですよ、おっかあに。
「学習しないヤツだなあ~~」
そうなんです。
かたづけない、出したものは出しっぱなし、開けたものはあけっぱなし、
食べた物は食べっぱなし、
忘れ物が多い一番の原因はその所在がわからなくなることでしょうか。
いつも同じ所に置けばよいものを、そのときその時にところかまわず置いてしまう。
その時はほかの事を考えているから無意識の状態、
すると、後でどこに置いたかわからない。携帯電話の様に呼び出して音がすれば良いのに・・といつも思う。
その点、携帯電話は何度も呼び出しをかけたら出てきたって事が幾度もあります。
「学習しない」 って事は、「ふりかえらない」ってことだろうか?
じゃあ、ふりかえって自分をせめてばかりいたんじゃ心身を痛めつけるから・・
となると、「ふりかえる」ことにも高等なわざが必要なんだろうと発見、いや、遅まきながら気がついてきたということです。
人の事はご注意申し上げられます。
しかし、自分の事はさっぱりわからない。だから「学習しない」と言われるんだろうけど。
松尾みどりさんが「自分の姿を写してくれるのが他人なんだ」と言われますが、そうか、自分じゃ自分を見られないようになっているんか!
そうなるとお互いに他人様をながめていると自分の姿が見えてくるのか。
しかし・・・良い面だけなら見ても良いけど・・・・・悪い面はなあ・・・・・
おお~~オレはあんなに凄い人間だったのか~~ あんなに良い人間だったのかァ~
などと、よい他人を見るのは簡単かんたん。
しかしねえ、あんな汚いヤツとかバカなヤツとか忘れ物ばかりしているヤツとか・・・
意地悪な臆病な短気な・・・オレはあのようにだけはなりたくない!! と思ってしまう相手も自分の鏡?
これが納得できないんだなあ。どうしても。
自分の都合のよい所だけを鏡に映してみたい願望。
ワタシのきれいな所だけを写してネ! ハイ、ポーズ。
ガシャ!
アア~~ン、ダメジャナイ! 二段腹は写さないでチョウダイ!!
ってなことで、他人を見て自分の鏡なんだなんて言ってみても、プラスの方はちゃんと受け入れられたとしても、マイナスの方は見たくない、いや、自分とは一切関係ないとおもう。
もうひとつ、プラスでもマイナスでもある程度それが受け入れられたとしても、それが極度にプラスとかマイナスになると全然関係ないと考えてしまう。
それが聖人とか奇跡の人とか、教祖とか教師とか偉大さが増すほど、「あれは自分の鏡とは関係ない」とおもってしまう。
だから、自分がそうなれるとは思っても見ないし、ただただ憧れに存在として写る。
では、極悪人の方は・・・ますます、そんなのは一切関係ない、見たくも聞きたくもない。それどころかその存在を全面否定して地球上から抹殺してしまいたい!などと憎んだり攻撃や非難を持つだけの感情がわき上がる。
う~~Mu .人は自分を自分で見ることができない。
と言って、他人を鏡にして自分を見ると言っても、それさえも自分の都合の良い鏡になってしまう。
これが心底わかるまで、いや、わかったらもうこの世にいる必要もないのか?
となると、雑草の歌詞じゃないけど、
空の広さも
知らないで
なにを語れば
いいのだろう
正しいことを
覚えるまで
ひとはどれだけ
まちがうのか
やっぱり「学習しない」ってことになるのか。
だから何度も何度も間違いをくり返す。
それには
「空の広さ」を知らないからなのだろうか?
「空の広さ」って何だろう?
そこが問題だ。
「空の広さ」を知らないから「正しいこと」を「覚えられない」のか?
だから何度も何度も「ひとはどれだけまちがうのか」と。
宇~~無
なんだか、書き始めから全然違う話に入ってしまった。
これも「くせ」なんだな。
畑に入っているとき、何かをしていると、つい他の事に手を出してしまう。
すると、また次の事をしたがる。
そうしているうちに、最初にやろうとしていることがまったく分からなくなって、「あれ、おれは何をやろうとしてたんだろう???」なんてことが幾度もくり返される。
そうして、手にしていた鍬を放り出して、まったく別の仕事に精を出していたりして(爆)
小屋に帰ってから「あ、鍬はどうしたっけ?」とあちこち探し回る、鍬ならまだ大きいから見つかるが、鎌はそうはいかない、さんざん探し回っても見つからない時がある。
「まっいいか」などと、あきらめて何日も、いや翌年畑の中に発見する時もある。
探しものが見つかったあのときの感動!!
そうか! おれは捜し物を発見するときの感動を得る事を人生のテーマに選んだんだ!
などと、歪曲した自己満足で誤魔化してしまう。
これで「なんどもなんども間違いをくり返す」モードは解消しないというわけ。
しかし、いつかこの「くせ」を修正するために産まれてきたんだと知る時が来るだろう。
個人にとっての「くせ」も、地球人類にとっての「くせ」も似たもの同士なのかもしれない。
なんて言うと、そんなちんけなものと同等にするな!と言われるかも知れないけど。
じゃあ、人類にとっての大きな「くせ」とはなんだんだろう?
それが「空の大きさを知る」ってことかな?
空? 上見たって空という実体は無い。
みえる青空の向こうはやっぱりその外があるだけだ。 宇宙?
宇宙もどこからどこまであるの?
では、霊界か? 見えない世界。
架空の世界、空想の世界?
いやいや最近は量子物理学という科学でも認知しつつあるというでないのか。
そうなると、霊の世界? あの世? あの世って?
輪廻転生の世界か?
宗教の世界では常識だけど、その常識も宗教によって微妙に異なる。
人は死して精神的領域に帰り、そして、またこの物質世界に肉体をまとって出てくるという。
それを証明することは不可能だ。
人類共通認識にあったとしても、それを証明できない。
だから、死後の世界なんて何もないと否定もできるけど、無いと証明もできない。
そんな肯定も否定も証明できない世界を「空のひろさ」とでも言うのだろうか?
そして、その「空の広さを知るまでは」 「正しさを知ることができない」 となると、
相変わらず「間違いをくり返す」ということになりはしないのか?
そうか、宗教もその「空の広さのすべてを知らなかった」のかも知れない。
だから、人類は何度も何度も生まれ変わって来たとしてもまた同じ間違いをくり返してきたんじゃないの?
それはあの世とこの世の断絶があったからなのかな?
え? 密接不利な関係だから「霊体一致」と言うんじゃなかったの?
「冷酒体重」じゃない、「霊主体従」とも言って、あちらの世界(霊界)の写した世界がこの世(現界)と言うように。
それじゃあ言うけど、この世の「間違いをくり返す」という世界の源はあの世(霊界)にあるってことにならない?
・・・???
そうなるとあの世の神様と言われている存在は「間違いをくりかえしていた」ってこと?
宇~~~~無
こりゃあ、だめだ。 わからん。
もっともっと「空の広さを知る」時が来ないとね。
なんだかわけのわからん独り言を書いている自分でも訳の分からん「くせ者」は「最終知識」と「光文書」を機械音で聴くのでありました。
「まっすぐ花をさかせるまで」
ううう、ずいぶん、曲がった花をさかそうとしてたんだなあ・・・ オレは・・・