極論を申し上げます。
まあいつも「こいつは曲単だ」とは言われますのでどうってことないのですが。
曲者(くせもの)と単純馬鹿を一緒にしたような・・・これ以上ない誉め言葉・・なんて、勝手に意味づけちゃって。
「医学大全」は紙屑になる
おいおい、そこまで言うな。
いや、ぜんぶ紙屑になるなんてことはさすがにないでしょうが。
ここは極論家の面目を保って、あえて極論ですよ。そこを察して貰って。
(だれが察するか!)
以下に紹介する記事は「創傷治療:ミニエッセイ」からですが、医療世界でもかなり 分科されているので、その分野においての専門家が掴んだ真実という話しですが、
じつは、この各分野で同じ様な気づきが起きると、全体としては特化した分野ではなく医療世界全体に当てはまるフラクタル構造(果たして意味を分かって言っているのか不明だけど)じゃあないかと。
勝手な自分の介錯ですので、クビを落とされないうちに他人様の記事に移りたいと思う次第であります。
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
現在,光文社新書の原稿を書き進めていますが,そろそろ「熱傷治療に見るパラダイムの構造」なんてあたりを書こうかと思っています。
現在の標準的熱傷治療のどこが間違っているか。それは,治療行為(=消毒し,軟膏ガーゼで創面を乾燥させる)そのものが熱傷の状態に影響・悪化させているのに,その「治療による悪化」を「熱傷の自然な経過」と混同している点にあります。これは要するに,肺炎の治療薬に咳を悪化させる成分が含まれているのに,「このように治療の経過中に咳がひどくなるが,これは自然の経過である」と教科書に書かれていて,その「自然に悪化した咳」に対する治療をしているようなものです。
これはどういう状況なのか。たとえて言えば,100年前の地図を搭載したカーナビ情報で運転する車のようなものといえます。100年前の地図情報でカーナビがガイドし,それに従って車を走らせているわけですから,通ろうとしても行き止まりだったり,道そのものがなかったり,広い道路が目の前にあるのに表示されません。その結果,運転者は右往左往してなかなか目的地に到着できません。それが標準的熱傷治療の現状です。
ところが運転者にはカーナビしか目に入らないため,目の前に広い道があることに気がついていません。現実を見ないでカーナビ画面しか見ていないからです。このカーナビが熱傷治療の教科書でありガイドラインです。
普通なら「このカーナビはおかしい」と気が付きそうなものですが,何しろ熱傷専門医は専門医になったときから「このカーナビだけが正しい」と教え込まれてきたため,カーナビがおかしいという発想だけができません。逆に,カーナビがおかしいんじゃないのと言われると逆ギレする始末です。なぜなら,「運転(=治療)することはカーナビ(=ガイドライン)通りにすること」だからです。
ちなみにパラダイムシフトとは必然的に,専門家の専門知識が紙くず同然になって専門家としての地位を失う現象を伴います。専門家の失業です。
天動説の専門家は「天文学の専門家」でしたが,地動説へのパラダイムシフトが起きた時,天動説の専門知識は紙くず同然,役立たないものになったのと同じです。要するに,天動説という「古い地図」が役に立たなくなった時代になっただけのことです。その業界の専門家ほど,その業界のパラダイムシフトに抵抗しますが,それはこういう単純な図式があるからです。
TITLE:新しい創傷治療:ミニエッセイ
DATE:2010/12/15 13:28
URL:http://www.wound-treatment.jp/next/essay/essay_data.htm