実はこの16日に転落の憂き目にあったのだが、一時まったく動けずに現場てじっとしていた。
一時間ほどしてから、じりじりと尻をずらしながら移動。
その苦痛はそうとうなものだったが、どうにか這い出した。
具体的に言うと斜面に横穴があってその段差2メートルくらいはあったか?そこにふっと落ちてしまい、落ちたところに大きな切断した丸太があり、その角に腰を激突したわけである。
その詳しい経緯はのちほどにして、今回はこの転落からいろいろな事を学んだ。
もちろん、例によって薬もレントゲンも嫌だから救急車も呼ばなかった。
その代わり、タクシーの患者輸送車を頼んで担架で運んで貰った。その際、乗ってきたマイカーは代行車扱いでもう一人の運転手が付いてくるので、運んで貰ったり運転して貰ったり、家に運び入れて貰ったりでとても重宝した。
落ちた後は数時間は激痛で右足はまったく効かなかった。
ほんとにじりじりと尻をずらして移動するだけだった。
しかし、想いもしなかった現象として、動かさないとあまり痛みがなかったことだ。
これはその後一週間たってもやはり動かなければほとんど激痛というものが無い。
ただ、くしゃみだけは出来ない。
激痛がおこりとてもくしゃみどころではないのだ。
それ以外はまったく快調に眠ることができ、ほんと痛みが少ないというのはどうしてだろうか?
どうも考えてみたら、理屈としては打撲した(骨も異常があるかもしれない)箇所には体内の毒素が集まるという第一浄化作用の原理があるが、その毒素があまり強くない状態だったかも知れない。
なぜなら、もうかれこれ25年くらい薬毒を入れていないからだ。
そこに集まる毒素が少なければ毒素の浄化の痛みが少ないのかも知れない。
刺激する所に毒素は集まるというが、毒素が少しは薄くなっていたのかも知れない。
それと未だ浄霊という手かざし方法は捨てていないので、即手当を自分でしていたのもよかったのかも。あと、落ちてしばらくは身体を動かさない(動けないので)状態を保っていたことか。
それにしても、自然治癒の力はありがたい。
本当はレントゲンくらいは撮ってみて貰うのが常識なのだが、特に曲がったままの状態でもないようだ。
私の状態を見た人は、必ず病院、レントゲン、湿布をすすめてくれる。
それが常識だからだ。
みんな親切で言ってくれているのだ。
しかし、25年も薬はもう嫌いだから入れないし、レントゲンも放射線の害が怖くて断って(厳密に言うと近年、歯医者で2度撮られたので皆無でないが)来たのだし、今もこれはやりたいとはどうしても思えないのだ。
で、一週間経って、悪化したかというと、いたって順調になってきているようだ。
少しは不安もあったが、悪化の気配も無いし、すこしづつ足も動き始めてきたので、もう一週間もすると大分快方に向かうと思う。
病気だけでなく、こういう打撲や骨折もよほどの骨の異常が無い限り、自然に任した方がどうも楽であり治りも順調に行くような気がする。
しかし、変な骨のくっつき方をすると怖いと思ったときは、こだわらずにレントゲンで撮って貰うかも知れない。
今もまだくしゃみが出来ないが、ふつうにしていれば極めて快適と言ってよいくらい楽である。
そして、動けない時だからいろいろな事にじっくり取り組んだり、考えたり、また不自由なひとの気持ちも察することができるし、面倒をみてくれた方への感謝も大きくなる。
一時的にはつらい目にあったが、それに増していろいろな大切なことも思い出せるきっかけになったので、これは転落人生も上昇人生に転じるきっかけになるという、実にありがたい結末になりそうだ。
ありがとうございます。 ほんと!!