土壌悪化調和材
私はいま自然農業というまねごとをしています。
畑作だけですが、土と人間の体内というのは非常に似たもののように思います。
近年、日本の土壌はかなり汚染されてきたというのです。
それがちょっとした天候の異変で不作になるというような、またいくら防除しても虫害が出るというように、段々と「ちょっとおかしいな?」という事に気がつき始めたそうです。
まだまだ「天候の不順」だけのせいにしているようですが、姿かたちはりっぱな野菜でも中身は?というようなものが増えてきたと思います。
(そういえば近年の若者でも体格は立派だけど、どうも弱い体質なのでは?)
土壌の悪化
これは長年使ってきた化学肥料、その他過剰有機肥料、除草剤、防虫消毒剤等々・・・
これによって日本は世界でもトップ級に田畑の土壌が悪化してきたのでは。
それを大自然は浄化作用という調和の仕組みで対処する。
それが表面的に現れるのが、防除剤耐性の害虫やらウイルス病というものだ。
だから、一見害に見える虫害は土壌悪化の証拠となる、結果作用に過ぎない。
そういう様相が近年になって農業に携わる人たちの悩みになっているらしい。
そりゃあそうだろう。
土壌という母体が不調和するなら、大自然の法則から調和の方向へ揺り戻す働きが起こるという地球環境調和の法則が太古から備えられているからだろう。
防止すればするほど、虫害は増える。
その防止方法が不調和な方法だからだ。
調和された土壌で育った作物は虫が食わなくなるというから、有機農業でも虫が食ううちは不良土壌だというようです。
そんな話を聞くと、人間様の病気と農業はじつによく似ている。
それはそうだろうな。
おなじ地球内にあるからだ。
やっぱり不調和が起これば調和戻すという法則が適用されるからだ。
人間の体内土壌とは、血液の汚れ、それから生じてくる細胞内の毒素増加。
そういう土壌(身体内部)環境をやっぱり小さな虫たちが掃除してくれるわけ。
それを黴菌とかウイルスとか言って嫌うのは勝手だが、いつまでもそれが通用するのかな。
大自然の浄化力が強まってきているのが近年。
昔効いた薬剤が効かなくなってきたのは農業と同様。
それを使えば使うほど、それに見合った掃除役が産まれてくるからだ。
細菌、ウイルス
害虫は実は益虫だったと農業で気がついてきたのが自然農法実践者たちの共通の声です。
では、人間に対する害虫も同様。
細菌もウイルスも血液中のドブ掃除役、汚染された細胞の片付け役。
それに対して防止だの治療だとのと称して、予防接種、各種治療薬が使われて来た。
それがいつまで通用するのか?
今は過去の地球環境とは格段に違ってきているようだ。
すると、その通用期間がどんどん短縮されるだろうから、
「使用する」→「一時的停止」→「無効」→「使用されたそのものの害作用が出る」
こうして、いつかは「予防、治療」薬そのものが即、害作用となって現れる。
その「いつか」は遠い未来ではなさそうだ。
脅かして言っているわけではない、農業という自然の仕組みからみると当然の帰結として見えてくるからだ。
そうなると「効く」という薬剤ほど、後になって「害作用」が現れるというように、
単に「効く」から「効かない」に変化するだけなら良いが、どうも「効く」に反比例して「害作用」が現れるということになるようです。
(急にである調からです調にかわったりして)
最初から「効かない」のならあまり心配ないとしても、最初よく「効く」薬ほど後になって「怖い害作用」が待っている様です。
こんな事を念頭に入れておかないと、WHOだから、政府だから、厚生省だから、医師会だから、学者だから・・・という事で鵜呑みには出来ないのではないでしょうか。
もちろん、「御用マスメディア」といわれて、今では蔑まされている宣伝広告媒体の「御用先、お得意先」はけっして国民側に顔を向けていないというのが実体のようですから、「よのなか、いったい、なにをしんじたらいいの」という善男善女の声がちまたにあふれ出してくるのでしょう。
かと言って巻き添えさんを攻撃してもせんなし、厚生官僚をののしってもせんなし、いや世界中、日本中のお医者さんたちを呪ってもせんなし、
あいてはWHOでもない、じゃあ誰なのだ。悪の権化は? という事になってしまいそうです。
複雑に考えるとイルミナティーとか悪魔とかいうものを想像してしまいそうですが、じつは非常に単純な答えです。
それは
人類が永年育ててきた「医学」の基本が間違っただけでした。
それも人類共同で育ててしまったわけでして、ようやく近年、西洋現代医学と称される様になって急速にその進歩という形でその正体がはっきりとしてきただけのことでした。
それを知っていてやる者が居たとしたら、それはたしかに陰謀であり悪魔的存在でしょうが、ほとんどは人類共同で作り上げてきた医学の根本が元になっているわけで、それが進歩発展した究極の状態が現代の医学でしょう。
最初のボタンの掛け違いが延々と続いて来たために、もう最初のボタンに目が向かなくなった、隠れて見えなくなってしまった様です。
それはそうでしょう、あまりにも長い期間ですから。
何キロも長いワイシャツのボタンの掛け違いがあったとしても、それはもう最後の方では最初のボタンなどみえやしないのです。
それにそのまま通用していたのも事実でしたから。
最後の最後になって、ボタンが合わないと気がつく寸前の時期が今なのでしょう。
現代医学というと、根本は物質だけで科学するという唯物科学の産物とされていますが、もともとの考え方そのものを助長しただけのことかも知れません。
そのもともとの考えとは、病気の本体を知らずにボタンの掛け違いをした原初にあるわけです。
近代の唯物科学の進歩発展がそれ(ボタンの掛け違い)を後押ししたのでしょうが、「進歩すればするほど最後のボタンの穴が近づいてくるという事になりますから、科学が医学の進歩を助け、その進歩が最後になって間違っていたという事に早く気がつくというように、一種皮肉な話になりますが。
最初の原点が間違っているものを進歩させるとどうなるか?という事は何事においてもそうなるのでしょうが、実は「進歩」と見えていたものが最後には「退歩」であったという事に突き当たるわけです。
土台となる基礎が設計ミスや施工ミスで少し傾いていた建築が、高層ビルとして高くなるほどその歪みが目立ってきます。
途中でいくら修正しても最後は土台まで戻って作り直さなければならないのです。
それを建築組合では正式に認められた工法だからとがんばっていても、最後には傾きがひどくなり崩壊するか、寸前で土台まで壊してから正しい基礎の上にまた再建しなくてはなりません。
その寸前のところまで来ていて、これからもずっとそのまま頑張るか、気づいてやり直すか、その瀬戸際に来ているのが今の世界の医学の実情なのでしょう。
そのよいきっかけというか、材料となるのが盛んに世界、日本を不安にさせている新型インフルエンザの様な世界的感染症の爆発予測というものです。
ある意味、それは自然界からみると当たっているわけでしょう。
自然界の中の不調和はいずれ最後には調和されるという鉄則が農業ばかりか人間体内にも適用されるからです。
しかし、それを知ってのことか(知っているなら悪魔的思考でしょうが)予防と称してのワクチンという有害物を世界中の国民にすすめる政策は善意に考えるなら人類の無知からくる野蛮的行為です。
体内環境を汚す事は確実でしょうから、その結果は想像できます。
知らずにやっているとしても、それは結果的には悪害がまっているのですから、この世界では悪行となります。
そして知らずにそれを求める側は結果的に言えば自ら「浄化(病気)の仕込み」をしてしまうことになります。
昔は西洋も東洋も同様に自然のあるものを薬剤として治療に使ってきた時代があり、その時代から既に根本が「病気を悪化作用」として「停止する」「抑え付ける」「抑制する」「固める」という方法を「治療」だという錯覚に陥っていたものでしょう。
しかし、大自然の浄化力との関係からみると「一時的抑制」であっても、かなりの長期間の効果があったために、まさかそれが間違いだったとは気がつかない時期があまり長く続いたため、病気の予防やら治療の根本が医学の基本理念というように土台が出来てしまったようです。
そして、時は永遠に変化しないという思いこみで、大自然の変化を感知できない人類は今までの医学の土台をそのままにして「今後もそれが通用する」と思いこんでいる状態なのでしょう。
その大自然の変化とは浄化の働きが強くなるという、不調和状態が長く続かないで直ぐ調和してしまうという働きでしょう。
それが農業に現れ、人間にも現れ、過去の常識が通用しない、ひっくり返るというような事が起こり始めてきたようです。
要は一時抑えという医学の方法が自然作用の前には無力化して来ているということです。
現代の日本で言えば若年ほど体内土壌は悪化してきているのかも知れません。
産まれる前の親の遺伝も含めて産まれてからは近代医学は予防と称して各種の接種、ちょっと浄化作用(病気症状)をおこすと即抑制する為の薬剤治療、食べ物は長い間よけいな化学物質などと、数え切れないほどのよけいな物が体内土壌を悪化させてきたようです。
すると、虫がわき、虫が伝搬するという近代農業そのままの様な状況が人間にも起こってきたわけでしょう。
しかし、人為的に虫やウイルスをまいてもそれに相応する体内環境、それとその人自身の浄化のタイミングが合わないと発症しないようですから、人工的にウイルス散布などしても即発症というわけにはイカンでしょう。
あくまで大自然の中での小自然である人体でしょうから、主導するものはあくまで大自然と人体の調和の働きが一致するというタイミング、接点が必要で、その時が発症の原点だと思います。
だから、例え感染していても発症しないという人が大多数だとしたら、既に新型インフルエンザは日本に大流行してしまっているとしたら、
多くの感染者が発症しないのはなぜかとよく考えるべきです。
そりゃあ、そうでしょう、この医学の説で言えば感染者の周りには既にものすごい数の人たちが近づいて交流しているからです。
それも感染していても発症しない人たちの方が多いとしたら、誰もが無防備なのですから一日でねずみ算的に感染拡大しているはずです。
しかし、現実はどうでしょう?
そういう風に感染大爆発というようになっていない、発症者はごく少ない。
つまり、医学の説では既に日本国中に蔓延しているはずのインフルエンザが異常に少ない。ウイルスの伝染力が公式通りになっていないはずです。
そんな事にも気がつかないのですから、学者バカという言葉でエールを送りたいくらいです。
自然界と人間の調和共同作業的に考えないと、このウイルス伝搬による感染拡大は出来ないのですよ。
それが人間体内の土壌環境が主因だということです。
土壌環境とは、素粒子よりも微細な物質以前の世界の不調和状態、それが人の血液状態に汚濁血液として、そして細胞内毒素として蓄積。
その解消作用、調和作用の段階になると自然浄化作用が起こる。
それが風邪を初めとしての各種の病気症状なのですから、風邪というのは人間土壌環境が調和する為に一番手っ取り早い、しかも一番全身的に一番安全に行える、浄化作用の基本中の基本、浄化の土台的なもの。
しかし、これを逆に解した医学が進歩の最高時に達した現在、まったく逆の状況に陥っている姿です。
浄化作用の基本中の基本の風邪(インフルエンザもまったく同じ)を一番怖いものにしてしまったのです。
そうして風邪にかかることに恐怖しびくびくしながら日常生活をしなければならない。
まったく天地を地天にしたような真逆な事を行っているのがWHO主導による日本の医療体制なのです。
その結果、人体土壌が悪化しているものに抗菌剤やら防虫剤などをいくら振りかけてやっても土壌はますます悪化してしまい、その極がついには土がもう生き返らない、死んだ土になるーーという、予防、治療そのものが土壌を殺してしまう原動力になってしまう事にいつまでも気がつかない。
まさに何百年、何千年かは知りませんが、医学の、というよりも、人類が病気の原点でボタンの掛け違いで始まったことが、ようやくここに来てボタンの穴が最後の残り少ない場所に来てしまったということです。
後はその結果待ちです。
結果が悪ければ気がつかざるを得ないわけですから。
ここのショウモナイ論が消えて無くなるか、現代医学が新型インフルエンザを意図も簡単に解決してみせるか、そんな最後の審判的時期なのでしょう。
したがって、40年前の重要国会証言シリーズで「鼻くそ論」がそのまま死んでしまうか、再登場するかの瀬戸際でもあるわけです。
やはりある程度の結果が出ないと誰も気づきもしないでしょうが、まさか敗戦時の原爆投下級の犠牲が必要とは思いません。
自然農と医療はまさに相似形。
土壌の悪化と人間土壌(血液と細胞)の悪化がまさに似ている状態にあるのがこのニッポン!アチャチャ~なのであります。
これにて御免。
誤字脱字文体の悪化等々、深謝。
当ブログはセルフサービスです。よいように改良して
さらに気に入った部分はまた横に発信されてください。
くれぐれも覗きだけじゃあいけませんよ
あなたですよ。あなた。(笑)