いや、すべての病気は自分で創っているのだろうね。
決して外からの入り込んだ訳ではない。もちろん、サーズだろうが、ノロだろうが、同じことだろうけど、これを本人に言うと怒り出すかもね。
いや、自分自身が人様からそう言われたとき、やっぱり、反抗するだろうけど・・
でも、本質というのはそういうことらしい。
いくらマインドが抵抗しても無駄だって事だね。
で、今の医学はもちろん、相当低いレベルにあるからそれに気づく人はほとんど居ないだろうけど、それが居たんだねえ、おいらも知らない事も指摘していたから、やっぱり医学者はダメだなんて先入観を持っていたのが恥ずかしいよ。
あの好きな人は好きな、嫌いな人は嫌うという、あの船井さんのインタビューで出ていました。
現代医学の外科医なんて・・・どうせ対症療法の権化だろう・・なんて思いこみだったようで。
かえって、現場の患者さんを多く見てきたので本質が見えてくることもありそうだなあ。単純に医学関係者を批判してきた自分の愚かさに気づいたということ。
以下抜粋ーーーーー
、「西洋医学にも代替療法にも治癒させる力はない!」ということなのです。
西洋医学的治療法以外のものを「代替療法」といっていいと思うのですが、「代替療法」でも実際、ガンを治すことはできないと思っているんですね。やはり患者さん自身の頭の中が変わらないとガンは治らないんです。
「本物の心の病気」というのは、体は悪くならないんですよ。本当に心が病んでいる人は、体の検査をしてもどこも悪くないのです。しかし実はこれが一番やっかいだと思います。まだ体に異常がある人は、その原因が心だとしても、ストレスをなくすなどして治癒の余地はあるでしょう。しかし、本当の心の病気というのはなかなか治らないんです。意識が違うところに行ってしまっているわけですから、治りにくいのですね。しかし体に問題はないのです。体が悪くなるというのは、そういう最悪の状態になる前のところで、体がブロックしてくれていると私は考えています。
だから私は病気というのは決して悪いものではなくて、もっと楽に生きられるために存在しているのだと思います。
医者は普通、乳ガンだったら、「いつ頃しこりを触れましたか」などの病歴を聞くのですが、私は、病歴ではなく、その人の5年前、10年前がどういう環境にいたかということを聞くことから始めていかなければならないと思います。
なぜかというと、自分が持っている常識(思い込み)ってありますよね。「会社ではこうしなければならない」とか、「家族はこういうもの」「夫婦はこういうもの」など・・・
そういう概念のもとに行動することが体に負担をかけてしまうことになっていると考えられるからです。ガンになるということは「あなたの考え方を変えなさいよ」というメッセージなんだと思います。「自分の考え(常識)が違っているかもしれない」と考えるためのきっかけになるためにガンができるんだと思いますね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上ーーーー順番に抜粋したものではありません
結局、宗教の病気治しなどもそうだけど、もちろん浄霊法という手かざしも含まれるけど、人はなんで病気になっているかという事を知らないで、むやみやたらに病気を治してはいけないんだね。
時によっては、病気を「無理矢理治す」事は余計なお世話になりかねない・・・すると、後でまた何らかの代替え病気を創ったり、事故に遭わせたり、常識で言うところの災難苦難を創り出すことがあるんだろうな。
つまり病気になるってのは自己のそうとう奥の方から来ている場合もあるって事。
そういう場合は相当優秀な治療かでも世界的に有名なヒーラーでも、
「治してはいけない場合もある」という事になりそう。
ここんとこが難しいところだけど、表面意識だけを見ていると苦しんでいる状態を放っておけないというんだろうが、これが魂の方から見ると必要あっての病気であり、事故であり、災難だったとしたら・・・
ばかこけえ~って思うだろうが、どうも・・・そんな次元を超えたところにあるらしい、なにしろ、魂レベルというか高次の自分の方は身体の病気や手足の一、二本くらい無くなったって、どうってことない、いや、肉体の死さえも、それほど重要度でないって事かも知れないね。
どうもこのままではまずいな・・となって、今回は重度の病気でリセットしましょ・・・なんて事簡単にやることもあるのかも。
なにしろ肉体の死なんぞ、どうって事無いくらいそのレベルの必要性からいうと、魂の目的というのは崇高な所があるらしい・・・
万人がそうだということでも無いだろうけど、そうとうしつこい病気になってどんな治療法でも治らない時、何万何十万人も治したというヒーラーや治病法、これは宗教の病気治しでも同様だろうけど、ここで治ってもよい場合にはどんどんと効いて治って行くんだろうが、そうではない、ここんとこが本人の正念場だというときは、何をしても治らない場合があるだろう。
そして、それに気づくまでは、死さえも手段として使えるわけだ。
そう、肉体の死なんてどうってことないから、それが一番有効だとしたらそうなるだろうし、事実、そういう人を何人か見てきた。
早死にを承知で生まれてきた赤ん坊や子供などは目的が違うだろうけど、それは周りに関係する人のためにそういう役割を引き受けて生まれたという事で、また違う意味だろうなあ。
とにかく、大人になって病気を代表する様に大きな浄化を受けた時は、文字通り「浄化」なんだけど、その意味合いはひとりひとり大きな違いがあり、性質も違うだろうね、
だから、十把一絡げに治る、治すという事も不可能なはずだ。
「わたしだけ何で?」と嘆くだろうが、その奥にはちゃんとした必要性があるんだろう。いや、「病気をわざわざ創り出せる私はなんて素晴らしいパワーあふれる魂なんだろう」となるかな。
病気の原因に医学では主に菌やウイルスなどとしているが、岡田茂吉は浄霊論で、ほとんどは代々の遺伝毒素か生まれてから入れた後天的毒によるものと言っている。
しかし、それらはまだ本質ではないようだ。
本質は自分が自分を病気の状態にしているってこと。
その原因は何かを探ることの為の材料でしかないということ。
岡田茂吉も解いた通り、病気は浄化作用に間違いないだろうが、もっと奥のところで、その毒素があっても病気にならないひととなる人の違いを解いてなかったのかも知れない。
宗教では、神の戒告だの先祖の戒告だのとか言うが、これも飛んでもない思い違い。神はもちろん、裁く事はない。神の世界に善悪はないからだ。
では、もし神の代わりにご先祖さんがそれを行ったとしたら、どうなる?
もちろん、これは要らぬお世話。してはならない事をしている御先祖ということになり、それこそ神からお叱りを受ける・・・もっともこの場合も神は裁かないけど。
あれを食べたから飲んだから、悪い事をしたから・・ウイルスだ菌だというのと同じ事ではないだろうか。
そういう外からの原因とするのは、あくまでその時に使う道具、材料でしかない、それが無くても病気を起こすつもりなら簡単なんだろう。
自己がそれを行ってくれるからだ。
ウイルスがなくても風邪はちゃんとかかれるし、毒素なんて入れなくて病気になれるのだろう?
まあ、そうとう大胆な事を書いてしまったが、この何割かは自分でも納得しそうだなあ・・・・・と、今日も自己満足自己満足・・・
明日はまた考え方がコロリと変わるかもしれないけどね