異端者のいいわけ1 「一般大衆の常識」の中で非常識を唱える者 | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

「砂上の楼閣」(偽物)を「鉄壁の城」(本物)にしているのは


私やあなたという大多数の一般庶民です


では、砂上の楼閣(真実でないもの)というのは?

いくらでもあります。

世界中でも日本中でもそうです。


それを支えているのは一般大衆なのです。

のちのちになって、「こんなものが」とか「ばかばかしい」とか言っても、それを大衆の大多数が支えているうちは「鉄壁のお城」になってしまうのです。


法律などもそうです。

「これは正しい」と皆が指示しているから成り立っているのです。

紙幣なんかもそうです。
紙に印刷してあるだけの「印刷物」であっても、それを大衆が信用しているから「価値」がうまれるのです。


「信用して指示する」からそれが「本物」になるのです。

たとえ、未来においてそれが「偽物」であったとか分かっても、今はそえれが「本物」なのです。


そういう事を考えて現実世界を見ていないとえらい勘違いをしてしまう事になります。



「私は本物を見分ける眼を持っている」から「先の事が分かるから」とか言って「これは嘘だ」とか、「本物はこれだ」と言います。

しかし、現在の時点ではそれがたとえ偽物でも「本物」として力があるのです。


大多数の人が「信用している」からです。多数決です。多数の人が信じたらそれが「偽物」であっても「本物」として働くのです。


だから、その世界においていくら声だかに叫んで「これは嘘だ。こっちが本物だ」と言っても通用しません。



相手は一般大衆なのです。大多数の例えば日本人です。

日本人の大多数が「本物」だと信じているうちはそれは「本物」なのですから。


では、どうして一般大衆はそれを本物と信じているのか?ですが、やはり「教育」の成果と言うのでしょう。

「学習の効果」とでも言うのでしょうか。


その学習期間が長いほど、固い信用が出来上がりますから、その「教育」が間違っているとしても、なかなかリセットできない、学習効果というものがあるのです。


最初は微々たる教育であっても、それが段々と年月を重ねることによって大きな教育システムが出来上がってしまうのです。


初めは教育によって少数派の学習者が出来上がっていたものが、徐々にその初期の学習者の働きによって周囲に拡大して行きます。

そのうち、学習者は国の上層部(知識階級者や権力者など)へも伝わりますと、今度は上層部から中層、下層へと伝わるような教育が行われます。

学校教育から国の政府、役所などを通じて、さらにそれに協力する情報媒体が拍車をかけます。

今で言えば新聞、テレビ、雑誌等、ありとあらゆる情報伝達の為に働くマスメディア産業があります。


そうして、長い年月をかけた教育は親から子へと段々と強化されますから、ますますその固定観念が強くなり、ほぼ一般大衆すべてがそれを「本物」とします。


ところが、その中にチラホラと現れるのが「異端者」と称される「偽物を本物を見分ける者」たちです。


しかし、周りはほぼ全員が既に受けた教育によって出来上がった「学習者」たちばかりです。


当然の結果、「異端者」は排斥されたり攻撃されたりします。
その攻撃側が上層部ばかりでない事に気づかないといけません。


実は少数の上層部というのは「砂上の楼閣」なのです。それは大多数の一般大衆が信用して指示しているから成り立っているだけだからです。

一般大衆がそれを信用しなくなったら、いっぺんに崩れ去ってしまうはかない存在なのです。

一見、権威の様に思える「権力者」や「教育者(科学者や著名人、有識者なども含まれる)」でさえも、大多数の一般大衆が「信用」しているからです。



本当の実権を握っているのはじつは「一般大衆」なのです。

実例として、最近では「新型インフルエンザ」でしょうか、鳥インフルエンザやSARSなどもそうでしたが、これらの真実の話しをしたとしても一般大衆は「見ざる聞かざる」なのです。


温暖化二酸化炭素原因説などもそうでしょう。
この内容で本当の事を話した方は「異端者」か「変わり者」程度で終わってしまったのです。


が、今世紀になってからはインターネットという「上層部も下層部」も「権威も非権威」も無関係に情報発信がなされ、それを受け取る側も増えたために一般大衆側にも「偽物と本物」の見分けが出来る機会が与えられるようになりました。

そのため「偽物は偽物」「本物は本物」という判別が出来る人たちが一挙に増えてきたのです。


こうなると「教育の効果」が段々と薄れ始めてきた事が起き始めています。


しかし、まだまだ固定化された「学習」によって、国の法律から始まって、メディア産業、教育機関などがしっかりその「教育」システムの支配を握っているのが現実です。


一般大衆のほとんどがそれを「信用」している現実です。
「偽物」というのは、「嘘をつこうと意図しているもの」ばかりではありません。
「偽物を本物と思いこんでしまった為の嘘」も含まれるから問題なのです。


「詐欺にかけようとしているから詐欺だ」と言うでしょうが、「だまそうと思わないでも結果的に詐欺になった」事もあるのです。


ゆえに「陰謀者が居て、皆を欺す」という様な単純明解な公式ではないというわけです。ゆえに「悪意無き詐欺」とか「善意の嘘」などもあり得るのです。



世の中は陰謀論だけでは説明できない、いや、もしその元締め的な陰謀各作者が居たとしても、砂上の楼閣的な存在でしかありません。

むしろ問題なのはそれを支えているのは一般大衆なのです。


一般大衆ひとりひとりのほうが実力者なのです。


一般大衆の中に生活していると、常識というものがあります。
その常識の中に「偽物が本物として居座っている」のですから、それに反抗するような意見は「非常識」であり、当然それを唱える人は「非常識なひと」です。



ずいぶん回りくどい話しを書いてしまいましたが、以上の事を前提にして次の作文で考えてみたいと思います。

(イツカキット)