心ある医師の発言 私は間違っていた事をようやく気がついた | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

医師はだまされている。
と、岡田茂吉は半世紀前に論文として書いてありましたが、やはりほとんどの医師はだまされているのですね。

誰に? じゃなく、「医学」という学問です。
学問というか、「思想」なのかも知れません。

すべての始まりは「他への依存」から始まったのかも知れません。

病気そのものが自然良能力と体内汚染の関係で繋がっている。

体内汚染とは雑多な種類の毒素であるとすれば(もっと奥を見れば霊界の曇りとなるだろうが、その奥をみると自身の精神世界構造とでもなるのだろうか?)

それはおいて、ともかく肉体的に見れば血液の汚濁を解消する為に排除作用が起こることを病気とした。
そして、
それを自身の力で元に戻す事を自然治癒力と言った。

病気にかかるのも病気を治すのも自身の力である自然良能力なのだが、

だが、程度の差が大いにある。

人それぞれに程度の差とは、毒素の質と量、さらに霊的曇りの質と奥行きか、生まれる以前に選択したカルマの精算的素質、現に生きている状態での精神的作用など、ただひとつの原因ではないだろう。

それらが複雑に絡み合って一体となって病気に関係してくるのだろうが、とりあえずそれに対処する方法として大多数の人が現代医学を選ぶのだ。

これが重大な過ちだと言うことを説いたのが岡田茂吉の医学論だった。

現代医学の治療そのものが病気を治すのではなく一時停止、それどころか、次の病気を増やしてしまう。

でも、病気の苦痛はやはり逃れられないし、浄化作用の期間は長い。
ゆえにそれを促進させかつ苦痛をやわらげる為に浄霊法という一種の手のひらからの放射能(無視光線)を使って治療する方法を開発した。

いつかどこかではずれたのかどうか?
何でも治るという勘違いなのか、それともこの施術方自体がそもそも「頼り切る」事になったのか?

薬に頼ると同質になったのかも知れない。
本来は「主役は内なる神たる自然良能力にある」ものを、外からの力を主としてしまった事かも知れない。

では、この治療法が効かなくなったらどうするか?
他の外の力に頼り切る事になる。

また薬に戻るひともいた。他の治療に走り回る人も居た。
それは自分自身にも当てはまる。

こうして、いつまでも自分自身の主役を忘れ、他の力を求め続ける。

現代医学はこの典型的なものだ。
しかも、薬や手術という害のある治療法ではいつまでも保つはずがない。

こうして、年月を経て現場の医師たちが声を上げ始めたのだ。

「まさか自分の行ってきた治療が患者を殺していたなどとは」
夢にも思わないし、思わなかったのだろう。

またまた前置きが長くなり過ぎたかおる。

それに書きっぱなしだから何を言いたいのか分からん!!

と自虐して(笑い)


以下は副島隆彦氏の掲示板に投稿された記事から無断引用です。

前者は現場の医師の記事。
後者は普通の方の記事。

こういう医師が増える事を念願いたしまして本日の投稿を終わりたいと思います。(え?はやく消えろ?)

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
http://www.snsi-j.jp/boards/bbs.cgi?room=sample1

[1519]実体験sita癌治療に関して 投稿者:えいちゃん投稿日:2010/03/02(Tue) 21:04:09

 副島先生のお言葉に甘えて、癌医療に関してもう一言いわせていただきます。

 実名で投稿したいところですが、賤しくもまだ当院は保険診療の恩恵を賜っており、今後保険医を取り消されるおそれがありますので、混合診療が解禁になるましばらくの間はペンネームでの投稿をお許しください。

 昨日、阿修羅掲示板「クスリ地獄」のコメントにも掲載させていただいたように、私は勤務医時代に数百人の癌患者を抗癌剤や放射線治療で死に追い遣ってきました。もちろん、専門医として「治療マニュアル」に準じて適正に治療し、当時意図的に殺戮を企てたのではありません。
 3大標準療法(手術、抗癌剤、放射線)が、BSC(ベスト・サポーティヴ・ケア)や養生中心の自助療法より劣るばかりか、養生もなにもしない患者よりも短命になるとは、つい最近まで知りませでした。
 当時は抗癌剤投与後数か月だけでも癌が縮小した症例をモルモットのように集めて論文にしていました。
 すぐ後には必ず患者様は亡くなられますので、たとえ遺族に「ありがとうございました。」とお礼をいわれても、偽りの業績がいくら増えても、いつも達成感のない罪悪感と無力感に苛まれていました。

 数年前に開業してからは手術適応がある初期の癌患者においても、標準的な3大療法は行わない決意をしました。 
 養生や代替療法で、すべての皆様が快方に向かっていったわけではありませんが、抗癌剤を投与するより、患者の皆様は明らかに生活の質を落とさず、生き生きとした笑顔で長生きしていることを、癌から生還された患者様に教わりました。
 癌拠点病院に3大療法の旨味だけ吸い取られた挙句に、「もうここでの治療はない」と放り出された末期癌患者でも、自助療法に気付かれた後癌が縮小を始め、何年も以前より元気に生活されている方も何人かおられます。

 癌の浸潤による血管や気導、消化管の狭窄や脳幹などの重要な臓器が圧迫され、あきれめきれない一刻を争う緊急時には、難度の高い手術に望みを託す場合もあるでしょう。
 しかし最近ではレントゲン技術の進歩と供に、無症状で取らなくても増大しそうにない微小な腫瘍まで取ってしまうケースが多く、「私の腕で○例の患者を救った。」などと難解な技術や症例を誇示したり、「癌はすべて取りきったので、これからは何を食べてもいい。」という不勉強な医者がまだ存在するようです。

 医療はマスターベーションのような学問やサイエンスどまりでは意味がありません。「科学的に議論しろ」という頭のよさそうなサイエンティストぶった医者は、毎日患者に触れたり、顔色をうかがい肌や五感(六感)で病態を察知したりすることはまずありません。
 機械の部品交換のように、目や画像で確認できる病巣だけをターゲットにした末端治療だけでは、いずれまたどこからか癌は再発をしてきます。
 先の御投稿のように、「この治療で治る見込みがあるのか」「なにもしない場合に比べて、余命(サバイバル・タイム)延長など、この治療は有効性が認められているのか」「重篤な副作用や致死に対してどう対処するのか。」を対等な立場で、治療前に医師に問いただすことが大切です。

 「夢の新薬」を待たれている患者様のお気持ちはすこし分かりますが、厚労省もFDAの如く新薬をスピード認可することには慎重になっていただきたいと思います。逆に有害な薬の認可をどんどん取り消していくことが数十兆円の医療費削減につながると思います。
 癌治療後1か月以内に死亡した症例は死因にかかわらず、すべて報告し公表する制度にすれば、医療サイドを処罰するまでもなく、自らの戒めになって確実に不要な治療は減っていくでしょう。「○○癌の病院ランキング」などという虚偽の症例数を競うランキングがガラガラと崩れ落ちるかもしれません。


 医者などの治療家はあくまで、患者に生きる活力・エネルギーを与えたり、患者の自然治癒力を上手く引き出すためだけに存在しえます。
「自分が治してやった」と言う傲慢な医者は論外です。
 いくつになっても「自分はまだまだ」だと治療を探求し続け、既存の医療を捨てる勇気をもって改革していける意識が治療家には必要だと思います。

 誰もが病気の宿命と養生や自己治療ができることに目覚めることによって、われわれ医師たちが廃業してしまう未来を楽しみにしております。

[1518]抗癌剤 投稿者:会員番号1644投稿日:2010/03/02(Tue) 11:46:12

西洋医学は対処療法です。胃が悪ければ胃を対処療法で治療します。
肝臓が悪ければ肝臓を直そうとします。
心臓が悪ければ心臓を一時止めても手術したりします。
なんという野蛮な治療をするのでしょうか。
しかし、科学という、物質を細分化して解明しようとする学問から派生している西欧医学では仕方のないことなのでしょう。
ご存知のように胃や肝臓や心臓は臓器自体が働いているわけではありません。
自立神経という神経系統が、眠っている間も人間の意識にかかわらず、これらの臓器を死ぬまで休みなく動かし続けます。
つまり五臓六腑、筋肉、脂肪、人間の肉体すべては神経系統が生かしているといってもいいのです。
その神経系統をつかさどっているのが人間の「こころ」です。
つまり究極を言えば、肉体の病気は心と呼ばれているものでコントロール出来るものなのです。
私は「がん」というものは、人間の肉体にはつきものだと思っています。
私もそろそろ還暦ですが、いままで何度もがん細胞が体内に出来ていると思っています。
いや、いまでもあるのかもしれません。
しかし、ほとんどは人間の免疫系がおさえているのだと思います。
検査での早期発見で見つかったとしても、そのままにして置くつもりです。
15年程前ですが、叔母が、がんになりました。
身寄りがなかったので私が病院へ行きました。
腎臓がんを宣告され、即刻腎臓1つを摘出するというのです。
私は反対し、生意気にも泌尿器医だった副院長に「あなた方に癌がなおせるのですか?」と聞いたら、副院長は顔を真っ赤にして怒っていました。
婦長さんが驚いて私の顔をみていました。
肺、肝臓、リンパに転移しているので、手術が成功しても、
長くて6ヶ月、早くて2ヶ月の命だというのです。
彼らは、製薬メーカーの言われるままに患者を抗癌剤ずけにします。
癌細胞を殺してしまうほどの強烈なものが、正常な細胞を壊さないわけがありません。
がん細胞に効果があったというデータが欲しいだけで、患者がそれで死んでも平気です。
癌患者は言われるままに抗癌剤ずけにされ、半年、1年で死んで行きます。
病院はそれらのデーターを見せ、自信を持って「あと半年」「あと2ヶ月」と宣告しているのです。
それらのデーターは、抗癌剤という猛毒を用いた場合の人間の耐えうる期間と言う事でしかありません。
医者も看護婦もそれに気ずかないわけがないと思います。
いつの日かこれらの事が世に知られたとき、あの時代は仕方がなかったのだ、とも弁解するつもりなのでしょうか。

60代中頃だった叔母は手術を受けたいと言うので「抗癌剤」を使わないという条件で承諾しました。
その後、肝臓も半分取られました。
それでも私は絶対に抗癌剤は使わせませんでした。
大病院に行きずらくなった叔母は町医者へ行っていました。
しかし、文句もいいませんでした。なぜなら、自分と一緒に入院した自分より軽い人達も、皆、死んでしまっていたからでした。
その後、7年程生存して最後はがんセンターに入りました。
そこの先生が、全身が癌だらけなのになぜ生きているのか。それもまったく痛みを訴えないと、驚いていました。
私が「それは、抗癌剤をつかっていないからですよ。」と言ったら、
イヤな顔をしていました。
叔母は最後は老衰のようにやすらかに逝きました。
2回の大手術をしてなかったら、まだ生きれたのではないかと思っています。

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー