回想の野口晴哉 ちくま文庫(の-7-3) ちくま文庫
野口 昭子 (著)
価格: ¥714 (税込)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/448042167X/503-6176003-8879958
近衛文麿氏のご長女だった野口夫人が書き留めておいた野口先生の日常生活の中にその神髄が含まれているものだと思います。
何気ない言葉の奥に人間とは何かという命題がちりばめられている良書だと思いますので、ここを見た人は是非とも本書をご覧になってください。
回想の野口晴哉 ちくま文庫(の-7-3) ちくま文庫
野口 昭子 (著)
価格: ¥714 (税込)
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野口整体入門という本もいま借りてきたので読んでいるところですが、その中にも紹介されている 「愉気(ゆき)」という手当療法もおもしろいものがあります。
岡田茂吉の浄霊法とはちょっとおもむきが違うかも知れませんが、本来人間の手のひらからは集中して気が発せられる能力があるという事を証明しているものです。
本来治療とはいえども人の前面意識(自我意識)のなせるものではなく、天命というか神の奥意識(もちろん自分の内に繋がっている)からのものであって、治そうとかどうこうしてやろうというエゴ意識はかえって邪魔になるというようです。
治す側と治される側には上下の関係はなく、無意識領域では同じ根っこでしかないわけで、優劣の差は無く、どれだけ自我を取れるかが効果の差となって現れるのかも知れません。
その点は浄霊に関しても同じなのでしょうが、宗教組織となってしまった中での浄霊を心違いしてしまったせいか、そこには優劣や上下の差がでてしまう傾向がありますので、無宗教でやるにしても同じですが、施術者も被施術者も同等なのだという観念を忘れない様にと思っています。
「治る率が高くなるとつい自分の力の様に錯覚したり、自分が神様に特別選ばれたという錯覚したり・・」でついには、その方向がずれていってしまうという事だそうです。
自己浄霊のすすめは過去記事に書いてみましたが、他人にやる場合はこれが一番の急所どころですので、あまり他者浄霊を書かなかったのもこういう意味を感じたからです。
しかし、以上の事を心に置きとめておけば、他人様にやろうが猫や犬にやろうが構わないので、まずは楽しく実験ですね。
あと、犬猫にしても人間が「治してやろう」などと思っているとそれを敏感に察知して「嫌がる」こともあるそうです。
「親切、愛情の押し売り」も天命から見ると執着心で通らないのかも知れません。
「救ってやる」という意識自体がそもそも邪魔になるというか、優劣の元なんでしょうか。
ここで書いている僕も「押しつけ」の一種なのでしょうが、
まあいっかああ