ほんとうにもうしわけありませんでした・
わたしたちはあなたたちを悪魔の様に忌み嫌い、攻撃してきました。
しかし、本当のテロ国家はあなたたちでなく、わたしたちだったと気づくことになるとは、いまようやく理解し始めています。
ばい菌、ウイルスによる病気という悪のレッテルを貼られてから、あなたたちはすべての悪の原因かの様にされてきました。
わたしたちはいま、それにようやく気づき始めたのです。
あなたたちこそ、真の救いの力だということを。
ながいあいだ、ほんとうにもうしわけありませんでした。
すみませんでした。
ありがと~~う!!
いまこそ、あなたたちの真価を認めます。
そして、あなたたちが働く必要がないようなわたしたちになります。
人類を代表して・・・・・・・・・・・・・himaari 爆爆爆・・笑
またもめんどくさがりやの引用、転載で、
ほんとうにもうしわけありません。
以下転載ーーーーーーーーーーーーー
自然農法の福岡正信さんは、松枯れ病を追求した結果、マツクイムシが原因とするのは間違っていると発表しました。福岡さんが研究した結果分かったのは、マツクイムシは原因ではなくて結果にすぎないという事実でした。すなわち、松の「生育環境」が悪化して松自体の生命力が極端に劣化したとき、「松の内側」から変化が生じてきて、もはや生きる力を失った松の木を処分するためにマツクイムシが発生してくるのだと、指摘しています。私は、今の日本で唯一ピュアな「種」を持っているのは福岡さんしか発見できていません。
最後に「環境調和材(「剤」というクスリではない)」の実行者である、元・電力会社の技術者だった飯野恵さんの「拝啓、松食い虫様」より転載して、今後の「学問道場」へのメッセージとして贈りたいと思います。私の「農業経験」を基に、これを「是」として判断していますが、皆さんの理解に至らないようであればお許しください。
(「拝啓、松食い虫様」より、転載貼り付け始め)
拝啓、松食い虫さま、初めてお便りを差しあげます。
十年以上の長きにわたり、あなたに抱いていた間違った認識をお詫びするために、この手紙を書いています。最大の間違いは『松枯れの原因は、あなたのせいだ。』と決めつけた事でした。
最近ようやく、あなたのせいではなかった事に気がつきました。
本当に、申し訳ありませんでした。心から、お詫び申し上げます。
一本また一本と、松が枯れ始めたのは、日本人の関心が心から物へと移って行った30年以上前に、遡(さかのぼ)ります。
それは。『松は日本の心だ。』と言われながら、一般建築用材として松の木が使われなくなった時期と一致しています。つまり、お金にならない木を育てても、仕方がない訳です。これは、竹も同様です。産業活動が活発になり、酸性雨の害が囁(ささや)かれ始め、降る雨のペーハーが5を割り4に近づきつつあったその頃でも、まだ松の木は私たち人間が気付くのを、待っていてくれました。
酸性雨も松枯れの要因の一つだとは思いますが、それでもなお松枯れの進行は緩慢(かんまん)でした。これは、聞いた訳ではありませんから推測の域を出ませんが、土の中のバクテリアが死に物狂いで、イオンバランスを調え、松を生かそうとしていたようです。
枯れた松は、土に帰ることにより、ちょうど天然痘の種痘のように松林としての自己免疫力を高める機能を、果たしていたようです。
植物は、土という生命と一体になって生きています。人間も、腸内フローラ(菌の花房)という一次臓器によって生かされています。
この推論が正しかった事は法律によって『松枯れの原因は、松食い虫である。』と定められ、薬剤散布が始ってから証明される事になりました。
それこそ、全山一斉といった勢いで松枯れが進みました。その時の松は、今では樹皮がはげ落ちて白い木肌を見せています。
何百本、何千本と林立する白い木肌は墓標のように見え、本当に寒々とした光景です。それはまた、日本の心の墓標でもあったでしょう。
牧師であった父を通して、小さい頃から悪魔という言葉を聞いて育ちました。気になって仕方がなく。
いろいろと考えた結果、悪魔には実態がない事に気付きました。
誰でも何か結果が出ると、原因の追求をします。深く追求すればするほど、原因を内にではなく、外に求めたくなります。
『こうなったのは、あいつのせいだ!』
自分のせいだとは、出来ることなら思いたくないというのが、人間の悲しい性(さが)のようです。
一つの結果の原因を追究するプロセスこそが、悪魔でした。
原因を、法律で特定することはないでしょう。
確かに、特定の分野への経済波及効果はあるでしょうが、松食い虫と命名されたあなた一人に、汚名を着せることは」ありませんでした。
更に切り出された枯れ松は、山裾(すそ)に積まれシートをかぶせて、薬剤で燻蒸(くんじょう)されます。その後には、草も生えません。 草のない土の上で育つ木は、存在しません。さうがに、この方法は長続きしませんでした。
ほんとうに、申し訳ないことをいたしました。
何度お詫び申し上げても、あなたの無念さが晴れることはないでしょう。松が、次々に行われる人間の愚行に『ほとほと愛想が尽きた』と諦めの心境に至られたとしても、不思議ではありません。
このことは同時に、日本人が松から見放されることでもありました。
事の重大さに気付いたのは、竹炭(ちくたん)を焼き始めた、ほんの6・7年前からです。
それからの私は仲間たちと一緒に、竹炭と竹酢を使い松の蘇生を図る作業を始めました。砕いた竹炭を根元に少し置き、薄めた竹酢を木や土にかけるだけで驚くほど短期間に蘇生します。
あまり簡単すぎて、研究というのもはばかれるほどです。
竹炭と、ほんの少しの愛があれば誰にでもやれますし、特に、松に語りかけるような心やさしい人の作業効果は絶大です。
(中略)
あなたなら、こんな稚拙で小さな配慮こそが、改革の芽であることをお分かり頂けると存じます。何かが変だと気付いての、改革の兆しは確実に見えてきましたし、実践する仲間達も増えてきて、行動も着実な広がりを見せています。
諦めるのはまだ、早いです。(略)可能性は残されています。勇気を持ってやり続けますから、どうかご安心ください。
21世紀になれば、あなたも自然界の調和のために、必要な存在であった事に気付くでしょうから、あなたに対する視点も変わり、汚名もそがれる事でしょう。
そうなれば、一面的な見方によって命名された、松食い虫という名前も、もっと別の名前に変更されることでしょう。
『誰も名前を付けてくれなどと、頼んでいない。』とおっしゃらずに、許して下さい。あなたが、枯れかけた松の木を土に還すために働いて おられた事を、私達はしらなかったのです。(略)
日本人の義の感性は、まだ失われていません。(略)
それは素人の中にこそ色濃く残っています。素人は、ひとの素です。
素は、主(天)と糸でつながっています。
素人は、学問的常識がありません。
体験によって真理に到達しようとしますから、恐れを知らぬ行動をします。
本当に、長い間誤解していました。
心から、お詫び申し上げます。
あなたのお家である松さんにも、あなたからよろしくお伝え下さい。
『ごめんなさい。』何度言っても、この申し訳なさが消えることはないと思いますが、もう一度言わせて下さい。
『ごめんな祭?』
敬具
松食い虫さま
1999年8月15日
(転載貼り付け終わり)
以上転載終わりーーーーーーーーーーーー
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DATE:2007/02/28 13:22
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