前記事で書いてた、実家の愛犬、、、、とうとう天国へと旅立っていってしまいました。
前記事を書いた4日後のこと、先週末のことだったのですが、ようやく心の整理がつき始め、この切ない気持ちも書き残しておこうと思い、今に至ってます。
この1週間、わんこが生後3ヶ月で我が家にやってきたときのことからずっと振り返りながら、手帳に思い出を書き残していました。
1998年の秋。ペットショップで「この子だ!」と思い、なかば衝動的に買ったわんこ。
初めて家に足を踏み入れたとき、怯えるどころか、「わぁ~~」という感嘆の声が聞こえてきそうなくらいの好奇心いっぱいな目で、部屋中を歩き回っていました。
母はわんこを抱っこしながら、「そーなん、お母さんと離れたん。寂しいね。でも、うちによく来たねー」と言いながら、ずっとよしよししていた光景を思い出します。
母がわんこにする全ての動作が、それまでにあまり見たことのない感じでしたが、私が小さい頃は、あんな風にして育ててもらったんだろうなぁと、いつも思っていました。それくらい、母にとっては、「子育て」のような感じだったのだと思います。
私がお嫁に行く日の前日、実家で過ごす最後の日の夜、いつもは自由なところで寝るわんこが、一晩中私のふとんのところで寝てくれました。
春ちゃんや夏くんが生まれた時は、それまで一番の中心だったわんこが一歩身をひくような感じで、子供たちを見守ってくれていました。私が子供を抱っこしていると、そっと隣に寄ってきて、赤ちゃんの足を遠慮がちにぺろっとなめてたことが思い出されます。ほんとは自分が抱っこされたかったのに、吠えもせず横に寄り添ってくれていました。
春ちゃんも夏くんももわんこが大好きで、春ちゃんはおばあちゃんちに行くと、まず「わんこおいでー」と足を広げて座り、わんこもすり寄って行って、ひっくり返ってなでなでしてもらう光景がいつもありました。
そんな家族の大事な一員が、この4月の桜満開の日にした散歩を最後に動けなくなり、桜が散っていくのと共に命も散ってしまったのです。
最期の瞬間は、わんこが一番大好きだった、私の母に抱っこされた状態で、眠るように安らかに天国へ行きました。
私はその当日、研修で県外にいて最期を見取ることができず、ものすごく後悔したのですが、それもわんこが与えてくれた最良の方策だったのだと、今になっては思います。
研修に行く当日、「頑張るんよ」とわんこに声をかけたところ、それまでうつろだった目を、しっかり開けて私に目を合わせて、「くーん」と声を出してくれました。きっとわんこは、それが最後になると分かっていたんだと思います。
私の父は10数年前に亡くなっているので、母はわんことの2人暮らしだったのですが、私が出産後実家そばに住むようになり、子供たちが来ることも増えてにぎやかになってきたので、わんこは自分の役目を終わらせて逝った・・・とそう思えてなりません。
悲しくて悲しくてしょうがないけれど、まだ信じられない気持ちでいっぱいだけど、実家の庭の片隅に埋葬し、いつでも手を合わせられる状態にしたことで、何とか気持ちも落ち着いてきています。
春ちゃんも、完全に死を理解していなく、毎日「なんでKはおらんくなったん?」と尋ねてくるんだけど、「体だけお空に行ったんよね。心はそばにおるんよね。」と自分を納得させることができています。
我が家で一生を過ごしてくれたこと、ほんとにほんとに感謝。毎日手を合わせてこの先もずっと「ありがとう」を墓前で伝えていきたいと思います。
私が実家に行くと、いつもこうやって掃き出し窓のところに出てきてお出迎えしてくれたんだよね。
今でも、行くと必ずこの窓を見ちゃう。カーテンが揺れて、わんこの姿が現れるのを期待してしまいます。
ゆっくりゆっくり思い出に。
さぁ、私も元気にならなくっちゃね。この件に関して、あたかい励ましのメールやコメントを下さったみなさん、ほんとにありがとう
感謝の気持ちでいっぱいです![]()
明日は園の親子遠足!気持ち奮い起こして、早起きしてお弁当も作って、楽しむぞ~
