【周期性発熱症候群(PFAPA)】

3-6日程度続く発熱が3-8週おきに発生する
自己炎症性疾患。
発熱以外にアフタ性口内炎、
頚部リンパ節炎、喉頭炎の症状のうち
少なくとも一つをともなう。
発育・発達は正常。


このblogは主に息子の周期性発熱症候群の奮闘記録ですが
日常の記録でもあります。
楽しい日常が一日でも、
一瞬でも多く訪れますように。


こんにちは。

前回の続きです。

発熱6日目に解熱するも、
7日目夜に再び39度。
翌朝総合病院に駆け込みました。

症状を伝えるとすぐに採血と検尿、
疑わしい感染症(溶連菌やアデノウイルスなど)の
検査をしてくださいました。

採血・検尿は所見なし。
数々の感染症の中で
溶連菌が陽性反応。

抗菌薬を処方してもらい、
内服後も解熱しなければまた来てくださいと
その日は終了しました。

その日と翌日、薬を飲んで様子を見ると
すんなり解熱しました。
起き上がってブロックなどで遊ぶ元気も出てきて一安心。

が、解熱したと思った日の夕方。
ちょっと寝ようかなぁと
お布団に入って寝てしまいました。



嫌な予感・・



寝入ってから身体を触ると、熱い。

発熱初日から9日目、再び39度…。



溶連菌じゃなかった?


翌朝、夫も一緒に再度総合病院へかかり
一度解熱したものの、
昨晩再発熱したことを伝えると
心エコーをし、
ほんの僅かながら血管拡張がみられ
川崎病の可能性がありますと。
今日このまま入院して
治療を開始しましょうと。

正直入院は想定内と、というより
むしろ入院させてくださいと思いながら
病院へ向かったくらいなので、
驚きは全くありませんでした。
入院中、面会はNGではあるものの
保護者1名は24時間付き添いだったので、
そばにいられる安心もありました。


ただ息子は物心ついてから初めての入院に
不安で仕方なく、
病室に行く前も行ったあとも
涙を流していました。
そりゃそうだよね・・


病室へ行く前に
息子と私はコロナ検査をし、
息子がレントゲンや心電図などの追加検査を受けている間に
自宅へ入院に必要な荷物を取りに帰りました。

この日は2023年3月30日。
とても暖かく、桜が満開。
自宅近所の河川敷には桜並木があり、
お花見している人もたくさんいました。
ですが、その時の私の心には
桜が綺麗に見えず。
でも、来年は絶対違う景色に見えるはずと思いながら車を走らせ、病院へ向かいました。


病室へ着くと、早速治療開始。
免疫グロブリン製剤の点滴。
息子は点滴の針を刺すときこそ怖がっていたものの、
その後は嫌がることもなく、
むしろ刺入部をかばうように過ごしていました。

疲れたのか、夜もグッスリ眠って
寝相で点滴がズレるようなこともなく
平穏に朝を迎えられました。
(なんてお利口なの・・笑い泣き親バカ。)

夜中は看護師さんが何度も点滴の交換に来てくださいました。
ほんとうにありがたいです。


入院3日目(発熱初日から12日目)の朝には
平熱に戻りました。
完全ではないものの食欲も復活しました。

そして、点滴が外れました!!!
まだこの時点では針は残していたものの、
点滴スタンドをコロコロしながらトイレに行く必要が無いだけでも快適!

みるみる体調が良くなっていく息子。
久々に見る笑顔。
久々に見るスタスタ歩く姿。
食べ物を食べて『美味しい』と言う。
YouTubeを見て『面白い』と言う。


普段は当たり前のことだったのが
こんなにも特別なのかと思いました。


入院4日目には、
前日腕に残した点滴針も取れて
シャワーを浴びることができました。

5日目以降は、もう元気そのもの。
親子共々、退屈との闘い。笑

入院中は3度採血をし、
毎回シクシク泣きながらも乗り越えて、
入院9日目の朝、無事に退院しました。


さて、川崎病疑いで入院した息子でしたが、
川崎病患者にみられる主な症状
(目の充血、口唇の赤み、いちご舌、発疹、四肢の変化等)
は、息子の身体には出現しませんでした。
治療が終了した後に
不全型川崎病と診断がおりました。

退院後はアスピリンの内服をしながら
通常の生活に戻していいそうです。
が、春休みが丸潰れになってしまったので
2、3週間幼稚園はお休みして
また元気に登園できたらなと
この時は思っていました。

入院し、治療もし、
もうこれで大丈夫だと思っていたのですが・・


つづく。