父が亡くなって、8年になります。

何事にも、やる、と決めたらとことん追究した父。あとに遺された物を見て、家族は改めて驚きました。

ノートには小さい字でびっしり、何冊にも渡って書いてある。

何冊もの本、参考資料や道具。

そして追究の結果の、栄光の品。


その歳になって全くイチから、初心者として取り組んだ事は、かなり大変だったに違いありません。

長い経験者の方と比べられたり、勝ち負けの世界だから、悔しい思いも、挫折も味わったでしょう。教えてもらうために、頭も下げたでしょう。


そんな素振りを全く見せず、いつもニコニコして、「大変じゃないよ〜」「お父さんマイナスな事言うの嫌いやねん〜〜」

と言っていた父。


 
 {ヴァイオリンを拭く布の一つに、父の背広のポケットに遺されていたハンカチを使っています}

音楽には全く関係のない仕事をしていた両親でした。母は小学校の先生をしていた時、ピアノに苦労したそうで、子どもには弾けるようにしてあげたいと、3歳から、3軒お隣の個人ピアノの先生に行かせたのが、私が習い始めるきっかけだったようです。

父が亡くなり、実家の物を整理していた時、これが出てきました。


母によると、父が自分でこのテキストを買ってきて、時々ピアノを弾いていたそうです。

父はそれまで全くピアノを弾いた事はなく、クラシック音楽も知らないと思います。

ですが、認知症予防?頭の体操?にピアノを弾こうかと思って、このテキストを買ってきて、指一本で弾く事に挑戦していた。

そのような父のことを、私は全く知りませんでした。ピアノを弾いている後ろ姿を想像すると、微笑ましくて笑ってしまうような、泣きたいような気持ちになります。


昨年末の、弾き合い会様の忘年会では、皆さまと指一本での連弾をさせて頂きました。
指一本で、こんなに楽しくアンサンブルできるんだ!と楽しくて嬉しくなりました。

父とも、指一本でアンサンブル、できたじゃないの。一緒にピアノを弾けたじゃない。

その頃は、私は子育てや仕事、始めたヴァイオリンや歌などの音楽に、忙しかった。
今だったなら。


現在はもう、実家も、茶色で猫足のアップライトピアノも、ありません。
父もいなくなりました。

父との連弾は、叶わない夢となりました。