ヴァイオリンレッスン、行ってきました。


「どんな世界の大家も、

一番最初の、初歩の初歩の、

『ちゃんと(弓を弦に)置いて、出す』を、

確認の意味でしっかりされているから

クオリティのいいものができる」


ヴァイオリンを基礎の基礎から、

学び直しています。


ありがたい事に、今の先生は

たった1音の「何が出来てないか」を

見逃さず、

的確なご指摘と直し方を示して下さいます。


「(基礎の事を)習って一番最初に言われたんだけど、教えられた事を自分でバリエーションを作って、変な癖がついたりする。曲が難しくなるからね」


今回のレッスンでは、

それこそ左手の指の並べ方、

右手の弓の持ち方、から

教わりました。

ハッとしたことがたくさんありました。


長年わからなかったこと、迷っていたこと。

多くが解決されました。


たとえば、左手親指の置き方。

置き方というか、出し方、です。

私は親指を単体で考えて、

指板からどれくらい出したらいいのかと

迷っていました。

また、左手(指)の並べ方。

これも、一本一本の指で考えていました。


それが、先生の教え方で、

一発解決。




私は今まで、複数の先生に習ってきました。

一番始めの頃に習った先生が、

今の先生の教えに近いと思います。


ただ、私ができない事について、

この先生は直し方のバリエーションが

少なく、直し方がわかりませんでした。

「直す気がない」と言われたのはショック。

そして、

右肘を高く上げる奏法で、

下ろすと注意され、

怖くて下ろせなくなりました。


困ってしまい、

次にお習いした先生は、全く逆のご指導。

肘は下ろす。

たった「肘を下ろす」、という点を矯正することに、時間がかかってしまいました。

そして、

左手小指は、まっすぐ伸ばして置く、

というご指導でした。

1の指の置き方が分からずお聞きしたら、

「どうかなぁ~

私はもう決まってるからなぁ」


ヴァイオリンでは、

先生によってご指導が全く逆のことや、

言われる事が違うのは、よくあります。

ピアノは、

そこまで違う事はあまりないと思いますが、、



今にして思えば、先生によって

背が高いか低いか、首が長いか短いか、

身体の厚み、指の太さ、小指の長さ、、、

私の身体的特徴とは

かなり隔たりがあったわけです。


先生が、

修行に出して下さった先の先生は、

「あの人の真似をしようと思ってもできないよ。あれはあの人だけのものだから」


その言われ方に、

かなりびっくりしましたし、

真似をしようと思ってはいませんし、、

(困惑)

でも、今ならその意味がわかります。



先生方が小さい頃に習われた事を元に、

その後の何十年に渡る学びやご経験、

ご自身の身体の特徴と合わせて

今のご指導がありますから、

結局のところ、

自分の身体的特徴と合わなかったり、教わる事が腑に落ちないものだと、やはり習得に遠回りとなる。

本当に、

今になってわかる事がたくさんです。


幸せな事に、やっと今

理論的に納得できる先生、

伝え方に貶めがない先生、

面倒がらずに1音から直して下さる先生に

巡り会えました。



最近、

歩みはゆっくりでいい、

と思えるようになりました。


「完璧っていうものが音楽にはないから。昔はこんなに大変だったのに、何年か経ったら光が見える時がある。実力が上がってることだろうし、見る方向が変わった事で、できることがいっぱいあるから」


光が差し込む日まで、、長いなぁ。

そして、そのような日は来るのでしょうか。