4人目の子が4歳の時のある日、いきなり激痛に襲われた。

ちょうどゴロゴロ昼寝をしていたので、そのままベッドでのたうち回ることにした。

 

繊細な長男は15歳。繊細で結構ドラマチックなタイプなので、

私が終わりのない陣痛のような痛みに苦しみもがく姿は見せない方がいいと判断して、

夫には、物凄く痛くて辛いのでとにかく一人にしてほしい、と伝えて一日中水だけで

のたうち回った。翌日は何事もなかったかのように痛みは無くなった。

翌月、仕事中にまたあの痛みがやってきた。

一歩足が床に触れるたびに、身体中が水玉風船のようにボヨンボヨン揺れて、痛むのだ。

 

ERに行き、いつものように6時間後に診察を受けた。

「卵巣に腫瘍がありますよ、がんの可能性があるので後日検査してくださいね」

こんなに衝撃の内容を、彼らは「今日のカレーは売り切れました」位な感じでサラリと伝えるのだ。腫瘍が良性の嚢腫だと分かるまでの2週間は、失語症のように声を発することができずに、毎日メソメソ泣きながら人生に残された時間をどう使おうか、紙に書き出していた。この時に、人生の目的や使命がかなりはっきりとしたので、こんな形でギフトを受け取ったのだと後になって気づいた。

 

無事に手術で嚢腫を取り除き、その翌年には子宮筋腫で子宮全摘手術まで受けた。。。

 

2年連続で開腹術を受けた私は流石に自分の女性性と向き合うことにした。

男の子じゃなくて残念だわねー、女だからああだこうだ、男だからああだこうだ、

アラネバ、スルベキ、セネバ、アルベキ。。。おしゃれしたり、美しく着飾ることへの抵抗、色々と出てきた。

 

一番大きな気づきは、夫とのセックスがいつの間にかやっつけ仕事になっていたこと!

「大好きな人と一つになりたい」というピュアな欲求は、

いつの間にか自分を犠牲にして、とりあえず相手に合わせる方が楽ーといった、

自己犠牲の上にサービス、外交的な駆け引きの要素まで盛り込んだ行為になっていた。。。

無意識に自分の身体や心のつぶやきを無視して女性性をめちゃめちゃに傷つけまくってきたのだ。。。そりゃあ卵巣に嚢腫はできるは、子宮からの出血も酷いわけだ。。。

 

ヨギーニになる過程で、「自分のことを宇宙からの視点で見つめる」

と言う瞑想を習い実践していく中で、無意識に潜んでいるいろんな事柄を人生と言う画面に映し出して、その劇場の舞台でいろんなアクションをして、ライトを浴びてきたんだよな、と受け止められるようになってきている。少しずつ。。。

 

舞台の上から客席の後ろの方に移動するには、

意図することと深呼吸

 

これに尽きるのではないかな?と思う。これについてまた後日。