友人(同級生)から仕事について言われた事で気乗りせず、普段なら楽しい?盆休みのはずがイマイチ気分的に乗らない。
盆踊りも招待されたけど、酸素ボンベ持参じゃあね〜。
まあ生存してますと言うのを地区のみんなに知らせても良かったんだけど。
まあビールも飲めないし、コロナもありますから。
結局は行かずに終わりました。
結局なんのために甦ったのか。
確かに仕事も大事ですけど、フウとため息ばかりの毎日ですわ。
で、ここでおさらい。
前にも書いたかも知れませんが、わたしの場合は、まずは今まで身体に無理して三交代制の仕事をやって来ました。
そして、治療につきましても、身体に負担のかかる抗がん剤治療は行わない。
その代わり、がんとの共存、これから大きくならないようにする。
治療を行わず、がんと共存するためにはまずは食生活の改善、ストレスをためない生活、早寝早起き、これらを中心にした生活。
仕事に関しましても、まずは三交代制のような不規則な仕事は辞める。
日勤に変えてもらう。
あるいはパート勤務として勤める。
会社がそれが出来ないと言うなら辞めるしか無いので、もう親の後を継いで農業をやると言う選択肢。
そのうち、弟や妹も定年になるから三人で農園を経営すると言う選択肢。
しかし、農業一本では食べて行けるかどうかはわからないので、お互いパートで勤めながらの農業経営と言うのも視野に入れないといけない。
まあしかし、これも自分の今、肺炎がどうなっているか、たぶん快方には向かってるとは思うんだけど。
肺炎は快方に向かっていますが、がんは徐々に進行しているとの事なので、9月のCTの結果を診てからのこれからの人生をどう生きて行くか、仕事をして生きるのか、障害者として生きるのか先生達と話し合わないといけない。
とにかく肺炎の方はプレドニンの減量と酸素を完全に外しても良い状態になってからの仕事復帰を先生と話し合い、がんの進行具合によっての仕事復帰もまた先生と話し合って行かないといけないとわたしも思っています。
丸山ワクチンも効果があって、がんの進行を抑えられたら一番良いのですが。
まあこんな感じでわたしも友人や会社の上司にちゃんと話してなかったのもいけなかったですが、まあ会社にはそのうちおいおい現場にでも行けるようになるまで、元気になったら話に行って見たいと思っています。
まあでもわたし的には四ヶ月も入院していて、しかもまだ退院して、まる二ヶ月経って無いわけですから、せめて四ヶ月は好きな事やらせて過ごさせて下さいよって言うのが本音。
その後ケアマネと相談しましたが、まずは先生に障害者手帳の申請を相談してみてからの、将来的に酸素は外れるのか?からの、仕事復帰(仕事内容などいろいろ話してからの)について、徐々に小出ししましょうと言う話になりました。
いろいろ愚痴りましてすみませんが、まあ友人にはわたしが元気に見えたんでしょうね。
ケアマネと相談した結果、先生も忙しいだろうから徐々に小出ししましょうと話しました。