私は生きる意味を見失った。

 

昔から家庭環境や人間関係、学校でのいじめや生まれつきの病気で差別されたり障害者と揶揄されたりで幾多と病み、心の底では生きたくなかったのだろう。

 

ただ、自分の身を投げ捨てる行動を最初に実行したのは3年前。

最初の会社に入社してちょうど2年に差し掛かろうという正月休みの時だ。

とある道の駅の駐車場で頭痛薬百錠を口に含んだ。

 

最初の会社でのパワハラ、陰湿な嫌がらせ、休日に恫喝という名のミーティング、救急車に運ばれたが代理がいないので無理して出勤した翌日に「救急車に運ばれやがって」と心にもないことを言われたり、頭痛がひどくて休んだ翌日に「仮病」と言われたりと、とっくに限界を迎えていたから行動にしてしまったのだろう。(その他にも色々やられたが、キリがないので遺書を見てもらうなり、事情を知っている友人達に聞くといい。)

 

労働基準監督署が動いてくれたであろうその時に残念ながらタヒねなかったことは今でも後悔してる。

 

話がずれたが、生きる意味とは何なのだろうか。何のために存在しているのだろうか。

 

何度も自〇を試みたがどれも致命傷にはならず、結果3年も生き延びてしまった。

 

これから幸せになる気もない、50年以上も生きる気もない。

 

今頭の中で考えているのは、どの時点でタヒんどくのが最適な答えだったのだろうということだけ。