標準治療は名前が悪い、と思うけれども、平凡な治療ではなく、最善の治療。

 

よくよく医師と相談して最善策を練ってほしい。

 

昔の父のように自分で選択ができない状況にはしない方がいいと思う。もしも、もしも再発転移したとき、自分でやりたいことに優先順位をつけたいと私は思っている。

 

そして、余命、生存率も統計でしかない。その人にとってのものではなく、集合体の結果。医療の進歩によって伸びているのはいうまでもない。

 

やっぱり誰もが『患者になった瞬間に結構悩む』。

 

『初めまして。初発が34歳、7年後右肺と横隔膜に転移し、切除手術。その1年後縦隔リンパ節に転移、それからは両側の鎖骨リンパ節の転移、縦隔リンパ節への転移、再発する度に治療をしてきました。

 

 初発の時9歳と2歳の子供達は27歳と20歳になります。(現在、51歳)右肺の9割が無くなった後、テニススクールとスイミングスクールに通いました。仕事はパートですが途切れても勤めています。

 反回神経麻痺(声帯の動きが悪くなり声がかすれたり、むせる症状)、胸水と浮腫みとは上手く付き合うしかありません。

 

 乳癌になることは悲しいことですが人生は今のところ不幸だとは思っていません。

病気だからとできないことはありません。

 

 人より劣ることはありますが私が楽しいと感じることかなと。夫はアスペルガーなので孤独でした。辛い時に何度も救われたのは病気のサイトで知り合った方達でした。ランチをしてメールでお話をして…何人かは天国に行ってしまいましたが、その人達の分まで生きたいと思います。』

 

ステージ4、転移しても、新しい治療法で寛解されてお元気な方もいる。再発されても長く生きている方も多くいる。一日でも長く生きていれば次の治療が生まれる。それを信じて今を大切に生きたいものだ。