麻衣さんにはがんと診断される前につらい出来事があった。

お子さんの死産だ。おなかは大きくなっていて分娩をせねばならない段階。

 

お子さんが亡くなったあと、事情を知らない人にかけられたという”おめでとう”という言葉はその時の麻衣さんのお気持ちを考えるといたたまれない。

 

当時、教えていた留学生から送られてきたメールに書かれていたのは『自分は何もできないけど散歩するなら声かけて』。

 

温かい。こういうことなのかもしれない。

 

麻衣さんは様々な経験から病に立たされた人に心安らぐ表現、こういう言葉をかけてはどうか、というヒントを今後、言語学者として提案していけたら、と考えている。

 

例に出してくれたのは同僚の方のお話。子どもがうるさく騒いでいて、申し訳ないと思っていた同僚にかけたおばあちゃんの一声、『久しぶりに元気な赤ちゃんの声を聞いたわ、ありがとう』。周りの人にも聞こえるように話されたこの言葉で同僚は救われた。

 

がんでいえば、トリプルネガティブ、という言葉。英語の解釈を知る人であれば、ネガティブは”陰性”という言葉だと理解できる。しかし、外来語である”ネガティブ (→消極的・悪いもの)”の意味の方が浸透している日本ではとても心理的に動揺してしまう。

 

こうした言葉の言い換えや添える言葉だけで人は少しでも心が和らぐのではないかと麻衣さんは考えている。”言葉”選びは、私のような作り手にとっても大切なことだ。

 

この連載の後、こんなメールが届いた。40歳の女性からだ。

 

『「ネガティブ」が悪い意味との言及がありましたが、がん診療におけるネガティブには「がんが無い、がんではない(=良性)」という意味もあります。(逆に、ポジティブ=がんが在る・がんであるの意味)言葉の受け止め方は様々です。でも、同じ単語でも本来の意味を知ることで受け止め方や印象が変わっていくこともあると思います。これからの日々が、がんが無くなる意味でのネガティブに向けて、前向きなニュアンスとしてのポジティブでありますように。』

 

コロナでも陰性はネガティブ、陽性はポジティブ。考え方、見方を変えるとその後も変わりそうな気がする。