ホルモン治療の副作用

 

私はホルモン療法でタモキシフェンの投薬とリュープリンという卵巣機能を止める注射を打っている。標準治療では、リュープリンは2年から5年。タモキシフェンは母が乳がんになったころは5年だったのが10年が推奨に変わった。本当に乳がんはひとりひとりどこにできたのか?リンパ節へはどうか?その他への転移は?大きさは?組織のタイプは??などなど・・・・。これによってひとりひとり異なるので、治療方法の選択も悩むし、調べると私はこの治療受けてない!とかこの検査されてない!とかよくある。ネット検索の沼にはまる。

 

 さらに、これらの治療の副作用も本当に人によって出方も、程度も違う。同じ薬でも、だ。

 

思い返すと手術前とても冷え性。とにかく寒くて仕方がなくて、冷房なんてもってのほか、ひとより着込んでいたし、ふとんもこれでもか、とかけていて、オットと室温が合わず、よくもめた。でも手術後からは、羽織ものがいらなくなり、急に温かい手の人になった。振れ幅が極端すぎてうまくいえないのだが、無理やり身体が温かくなっている、という実感があるのだ。

 

 私は比較的副作用の少ないとされるホルモン剤中心の治療を選択しているので、割と早く仕事に復帰できたといえる。現状、朝起きられないとか、ちょっとだるい、とか、やる気がまったく出ない、、なんてこともあるにはあるが、仕事ができないほどではない。

 

 でも物忘れもひどいし、まずメモしないと人の名前も覚えておけない。都合のいいところを副作用だと思って気にしないようにした。患者仲間に話すと「タモブレイン」だから自分のせいじゃないよと笑って返された。

 

 寒いのと暑いのが交互にやってくるのも慣れない。脱いだり、着たりが頻繁。これはカーディガンを持ち込むなどして調整。さらに、ぼおおおおおっとなる、赤ら顔の時間が長くなった。

 

 でも冷え性だった時代の方が明らかに身体は不調だったので少し楽になったと思うことにしている。それでも熱くなる前には一回、冷えが来る。私の場合はホットフラッシュより、コールドフラッシュの方が身体に応えるなあと。先輩患者さんいわく、本当の更年期の方がラクだったなので、前向きに受け止めたほうが勝ちらしい。水とウエットティッシュ、脱ぎ着しやすい羽織ものが私の必須アイテムになった。

 

 副作用が強すぎてホルモン治療が続けられない方もいる。無治療は今の段階では不安が大きいので、できるだけ長く飲み続けたいなと思う。なんのために治療しているのか、治療しているから副作用、副作用はあるけど我慢できるならメリットのほうが大きい。そう考えたら、あきらめることもできて比較的思いこまなくなったので楽にはなった。できないことを悔いるより、できることを重ねたほうがいいとアドバイスも受けた。

 

 そして2年超えたくらいから、新たに表れたのが、関節痛というものだった。指の関節が痛い、というか使うとふいに痛い。複数の患者さんから得ていた情報だったので、これか、と思った。強く何かを握るのが難しい。さらに膝が痛い。ピークのときは立ち膝ができず、四つん這いで床を拭こうとして体勢が崩れた。

 

 うちの母は閉経後のホルモン療法中(アロマターゼ阻害薬)、突然、立てなくなって、薬(トレミフェン)に変えてもらったということがあった。女性ホルモンはそこら中を管理しているので侮れない。

 

 このあたりの副作用のマネージメントは仕事を続けられる続けられないにかかわる。気のせいだ、という医師もいるそうだが、相談すれば対策はある。

 

 がんだからもう治療に専念ということにとらわれることはないんだ、と知った。

がんになって、すぐに仕事を辞めてしまった方、仕事先に言えずに長いお休みをとって手術に臨まれた方も中にはいる。

 

 やはり休みをとること、がんと診断されたことを会社に伝えることは勇気がいる。先が見えなくなる。でもがん=死ではない。次から次へと新しい治療法や検査方法が出てきているからこそ、副作用をできるだけ抑えて、仕事を続ける。

 

手術で取り除いても、見えないレベルで体中に回っている可能性があるがんに薬が効いてるのか効いてないのかもわからないし、いつ再発、転移するかは誰にもわからない。いま効いていたとしてもどこで薬の耐性ができて、効かなくなるのかもわからない。 

 

悩んで立ち止まっても、時間は過ぎていくので、悩まないでいろいろやったほうが思い出もできると思わないとやっていけない。

調べれば調べるほど自分が生き残れるのは運でしかなくて、薬が効くかどうかも運でしかない。

 

どうせ運に身を任せるのであれば楽しい方がいいはずだし、がん患者には自由に選ぶ権利がある。がんと旅する時代なのだ。