Akucchanが世界をゆく
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2007.12.28 Akucchan
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医薬品アクセス問題

医薬品アクセス問題という言葉をご存知でしょうか?

新しい医薬品の開発には、大学、企業、研究機関などの多くの人が関わり、膨大な研究開発費と長い歳月がかかっています。難しい薬の開発には、数百億円単位のお金がかかっていることもあるそうです。

この開発にかかるコストを回収することと、研究者や企業の努力に報いるシステムとして、特許制度が機能しています。新薬の技術を開発した企業は、特許を取得することによって、新薬の製造の権利を独占することができ、経済的なリターンを期待することができます。

しかし一方で、技術が独占されることで医薬品の価格が高くなってしまい、十分に市場に供給されず、薬を必要としている人の手に届かない(医薬品にアクセスできない)ような弊害が生じうることが問題として指摘されています。

とくに途上国のように経済的に高価な医薬品の購入することが難しい地域では、エイズやマラリアなど致命的な感染症に対する医薬品へのアクセスが問題になっており、国連やWHOなどでは、公衆衛生に関わる領域に関する強い特許が存在することに反対する意見が、発せられています。

例えば1987年に世界初のエイズ治療薬として開発されたレトロビル(ジドブジン)の場合、年間8,000ドルにも達する高額な価格であったため、ニューヨークタイムス誌などのメディアでも批判が上げられたことがあるそうです[1]。

現在、こうした医薬品アクセス問題に関わる知的財産制度について調べているのですが、これは非常に落とし所の難しい問題です。

医薬品の研究開発にかかる努力とコストに対する報酬を保証する制度として、特許制度が機能しており、企業はこの法制度の下で企業活動の継続性が保たれています。この点では非常に有効な法制度だと思います。

しかし上に挙げた例のように、特許によって一部の企業に市場が独占されてしまうことで、公正な経済競争が阻害されて、市場メカニズムが働かず、経済的な力のある一部の人にしか、その恩恵に浴すことができないということも起こり得ます。

こうした特許制度の問題点を考えることが調査研究のポイントなのですが、最近入手したKeith Maskusという経済学者の本には、医薬品問題を含め、環境問題や人権問題など公共の利益に関わる知的財産制度の問題について、非常に明快な分析と創造的な解決策が提示されており、学ぶところが多くあります[2]。

特許を含めて、知的財産制度は世の中の経済を支える重要な法制度として機能しているのですが、21世紀の問題を考えた場合、まだまだ人類の叡智によって、開発されるべき余地のある制度なのだろうと実感しているところです。

【メモ】
[1] 塚崎 朝子, "新薬に挑んだ日本人科学者たち" p.77 (2013)
新薬に挑んだ日本人科学者たち (ブルーバックス)/講談社
¥945
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「第3章 死病と向き合って」に詳細。レトロビルは、日本人の満屋裕明教授(熊本大学)が発明。バローズウェルカム社が無断で特許を取得していた点が問題視されている。

[2] Keith Maskus, "Private Rights and Public Problems: The Global Economics of Intellectual Property in the 21st Century" (2012)
Private Rights and Public Problems: The Global .../Peterson Institute
¥2,586
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[3] 山根裕子, "知的財産権のグローバル化―医薬品アクセスとTRIPS協定" (2008)
知的財産権のグローバル化―医薬品アクセスとTRIPS協定/岩波書店
¥2,940
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医薬品アクセス問題に関わる国際的な議論の流れを詳細に解説。

プロスポーツにおける経営学

昨日の日経朝刊、サッカー特集が秀逸だった。

元日本代表、宮本恒靖氏の記事、「From FIFAマスター⑤『財務諸表と選手の価値』」は、サッカークラブの経営に会計学を適用する実例を挙げながら、宮本氏が学んでいるクラブ経営の話。プロスポーツにおけるマネジメントの一面を知ることができた。

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Ref. 日経新聞2013年1月25日記事
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO50942910U3A120C1000000/
・宮本氏はFIFAの大学院のマスター課程でクラブ経営などを勉強中。
・サッカークラブにとって選手は資産。
・クラブの資産と負債はバランスシート(BS)で示される。
・ユースから昇格した選手は金額が決まってないからBSに乗らない。
・移籍した選手の移籍金はクラブの資産となり、契約年数に応じて減価償却する。
・授業ではROE、ROAなどの経営用語を学び、クラブ経営の特徴を学ぶ。

会計学がスポーツクラブの運営に適用されている実態は、例えば映画「マネーボール」などからも知ることができる。しかし元日本代表の選手で、同世代にあたる元プロ選手の生の声は、インパクトのある実感として伝わってくる。

現役時代、日本代表選手として、リーダーシップを発揮し、守備に大活躍した宮本の姿は、まだ記憶に新しい。ただし宮本氏の世代は、すでに選手としてのピークは過ぎ、多くは引退をしており、現役であっても30歳前後の活躍を保てている人はほぼいない。30歳代後半の彼らは、サッカー人生の次のステージを歩み始めている。

宮本氏と同世代にあたる中田氏にも共通するが、彼らはサッカーが上手いだけではなく、知的で、好奇心が強く、新しいことにチャレンジし、サッカーを軸として、世の中に新しい価値を生み出そうと努力している。サッカーを通じて、社会を豊かにしようとしている彼らの行動は、一つのイノベーションと言っても過言ではないだろう。

このコラムからは、イタリアの学校で言葉の壁と、学問の壁に阻まれながらも、闘志をもって果敢に挑戦する宮本氏の姿が伝わってくる。現役時代のかっこいい宮本を彷彿とさせる。

一方、同世代に当たる自分を翻ってみると、宮本氏たちが持つような緊張感や挑戦心を持ち合わせず、ダラダラと生きてしまっているのではないかと、考えさせられる。

30代後半。まだまだエンジニアとしてはピークが先だと思っているところだが、そろそろ最前線の1等兵、2等兵としての役割のピークは過ぎる頃。年齢、経験を考慮すると、副隊長、隊長としての役割や、参謀としての役割を担っても良い時期に入っている。「今がピーク」だと思って、今の仕事に打ち込む一方で、選手としての自分の価値や、働くべきポジションを考え、ビジョンをもって、戦略的にキャリアを形成していく大局感が必要だ。

宮本、ガンバレ!
そしておれも、ガンバレ!!

1つ穴 vs 3つ穴

最近、自由が丘の行きつけのコーヒー屋さん、「こ豆 」の店主のおすすめで、コーヒーのドリッパーを一つ穴のタイプに変えた。ドリッパーの形状がちょっと変わっているのだが、感覚的には1つ穴の方がおいしいような気がする。

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写真の左がKalitaの3つ穴タイプで、これまでに使っていたもの。
そして右が新しいHarioの1つ穴タイプ。

Kalitaは、円錐形の容器の壁にある凸状の線が、斜面に沿ってまっすぐ上から下に伸びて、3つの穴につながっているのに対して、Harioは凸形線がらせん状に巻きながら、1つ穴に向かっている。

お湯を注いだときに、豆から抽出されるコーヒーの成分がお湯に拡散し、その抽出液が紙でフィルターされて、コップに落ちていくのが、ドリップ方式だから、その物理を考えた場合、1つ穴の方が機能的に美しい。

ドリッパーの設計者がコーヒー抽出の物理をまともに流体力学と拡散方程式から解いて、その形状を最適化したとは思えないが、穴の形状、個数、線の形状、ピッチ、高さ。これらの構造パラメータと、お湯の淹れ方、豆の粒度、焙煎状態などといった入力値と、できあがるコーヒーの濃度、香味といった出力値を、何らかの形で数値解析することはできるはず。

ただしそれがコーヒーを飲む人の味覚とどう相関するか、味の評価がものすごい難しいから、意味のある計算ができるかというと、それは厳しいだろう。そういう解析をやりましたという事例があったら、ぜひ見てみたい。

しかしちょっとネットで調べてみると、ドリッパーだけでもかなり種類があることに気づきました。奥が深いです。コーヒードリップの数値解析をして最適な味を求めるよりも、一つ一つ試してみて、飲み方を楽しむほうが現実的ですね。

http://cafe.navi21.jp/coffee-2.html

次男の梅酒を作りました

次男が生まれて3週間ほど経ちました。しばらく体調を崩していましたが、順調に回復し、元気に過ごしています。体の動きが活発で、どうやら兄と同じく、力の強い子に育ちそうです。

我が家の母屋には梅の木があり、毎年、梅の実がなります。4年前、長男が生まれたとき、この梅の実を使って、彼のために梅酒を作りました。これは長男が成人したときにお祝いで飲むために作りました。お酒なので、きちんと保管すれば、20年腐らずに置いておくことができます。

実は4年前の梅酒作り以降、梅の実がならず、梅酒作りは中断していましたが、今年は4年ぶりにたくさんの実がなりました。子供が生まれてきたこととの偶然の一致に、ちょっとした運命を感じます。兄弟平等にするためにも、次男のためのお酒作りをいたしました。

【梅の実取り】
まず梅の採取。家の塀によじ登って、梅の実を採りました。長男がどうしても一緒に採りたいというので、塀に登らせて、数個、彼にも採ってもらいました。木が小さいので、採れた実の重さは、750gと少な目でした。しかし梅酒を作るには足りているでしょう。

【梅酒と梅ジュース作り】
4年前に梅酒を作ったときのブログ記事(2008年6月15日記事 )と、いくつかのサイトを参考にしながら、梅酒と梅ジュースを作りました。ただし梅が足りないので、梅ジュースの分は、スーパーで買った南高梅を使いました。

<梅酒の材料>
・ブランデー 1.9L (サントリーVO 640mlを3本)
・梅 0.75kg (自宅採取品)
・角砂糖 500g
・ビン(4L) 1瓶

<梅ジュースの材料>
・梅 2kg (スーパーで買った南高梅)
・角砂糖 1500g
・ビン(5L) 1瓶

前回の長男の梅酒では芋焼酎を使いましたが、次男のお酒はブランデーにしました。金額的にはさほどかわりませんが、こちらの方がちょっとおしゃれかもしれません。

①梅の水洗い
採った梅をよく水で洗います。洗った後、あく抜きのため1時間くらい、置いておきました。

②ヘタ取り
梅の実をザルに揚げて、竹串で梅の実のヘタを取りました。長男も手伝ってくれました。

③乾燥
ヘタ取りをしたときのヘタやカスを取り除くために、再度、簡単に水洗いした上で、梅の実をペーパータオルの上において、水分を取り除き、表面が乾燥するまで、1時間ほど乾燥させました。

④ビンの準備
梅酒は4L、梅ジュースはたくさん飲むので5Lのビンを用意しました。内部を水洗いした後、一度、内部をキッチンペーパーでふき取りました。その後消毒のために、料理用の清酒を50mlくらい瓶に入れて、回し洗いし、清酒を捨てて、しばらく乾かしました。

ビンの洗浄方法はほかにもいくつかあるようですが、菌が入って発酵することを防ぐには、アルコールで洗浄することは理にかなっていると思います。

⑤梅酒作り
洗ったビンに梅と角砂糖を交互に、よく混ぜて入れます。全部入れ終わったら、ブランデーを3本、惜しげもなく、入れ込みます。これで梅酒は完了。

⑥梅ジュース作り
同じく洗ったビンに梅と角砂糖を交互に入れました。ジュースはただこの2つを入れておしまいです。

適量の酢やホワイトリカーを入れる方法もあるようですが、酸っぱくしたくない、お酒は入れたくない、という理由から、液体はゼロになっています。この方法は下記のサイトを参考にしました。

白ごはん.com 梅シロップの作り方
http://www.sirogohan.com/umeju-su.html

⑦仕込み完了
これで仕込み完了。写真の左がブランデー梅酒、右が梅ジュースです。

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【後記】
液体のない状態で、果たして梅ジュースができるのかちょっと心配していましたが、どうやら問題なさそうです。仕込んだお酒を冷蔵庫に入れ、6時間後に見てみました。すると、ビンの中が梅の中の水分で、結露していました。この水に溶けるような形で、角砂糖が解け始めて、本当に少しずつですが、ビンの中に水分が溜まりつつあります。

梅酒はお酒に直接、梅の成分が染み出しますので、梅酒のできる過程が理解できますが、液体なし梅ジュースは、梅内部の水分が蒸発して、液体を出して、そこに砂糖が溶け込み、梅の成分も染み出るという過程になっているようです。

自重で梅の実が水分を出していくのかと思っていたのですが、この過程はちょっと意外でした。梅酒はアルコールに浸かっているので、菌による発酵の心配はありませんが、ジュースは菌が入ってしまった場合、発酵させてしまう恐れがあります。

基本的には、①フタをして空気に触れさせない。②冷暗所に保管する、の2点を守れば、発酵の可能性を下げることができると思います。うまくできあがることを祈っています。

母子の絆と父子の絆

次男の誕生から4日目。妻の出産入院は今日で5日目です。
これに伴い、私と長男の二人暮らしも5日目となっています。

以下、今回の妻の出産入院で、母子と父子の関係から見て、気づいたことを簡単に。

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【弟を見つめる兄】

①母子の絆
やはり子供を自分のおなかを痛めて産んだ母親と子供の絆というものは、父親にはない特徴があります。それは、限りのない包容力とでも言ったらよいでしょうか。子供にとって母親はとにかく無条件で愛情を与えてくれる対象であることです。

3歳になる長男は、生まれてからずっと母親と付き添っています。その母親がいないことは、彼には相当大きなストレスになっているようです。毎日、病院から家に帰るときは、泣いてしまったりして、不安な様子です。

これは、毎日、仕事で家を出てしまう父親に対しては見せない態度です。「パパがいない」のは耐えられても、「ママがいない」のは耐えられない。

幼い子供にとって、いつも心の拠り所になって、無限の安心感を与えてくれるのは、母親しかいないことが、よくわかりました。

このママ至上主義とも言える子供の態度は、父親にとってはちょっと妬ましいことかもしれません。しかし妊娠、出産、子育てと、多くの時間と努力、愛情を注いでいるからこそ、母親が得る子供からの信頼は、絶大なるものであります。むしろこうして、長男が母親の一時的な不在を嘆くことは、それだけ健全な母子の絆を築いている証拠と見てよいと思います。

妻がちょっとうらやましいけど、そんな強い信頼関係ができていることがうれしいです。

②父子の絆
とくに男の子の父親の場合、父親は威厳をもって、子供のしつけをする立場にあると思います。母がアメであれば、父がムチという位置づけでしょうか。

父親は、もちろんいつもムチであるわけではなく、母親と同じく、ほとんどの場合、子供に対して愛情を注ぐことは変わりませんが、何か乱暴なことをしたりしたとき、厳しく叱る父親の父性というのは、子供の教育には大切な役割だと思っています。

男の子の場合、母子との関係との大きな違いは、父子が友達のような関係にもなることです。体を使ったダイナミックな運動や、自然と触れ合う探検心あふれる遊びを、リードして体験させてあげる役目は、父親の方が適しています。

私も自分の父と一緒に、海や山でどれだけ一緒に遊んだか、数え切れないくらいの思い出をもっています。父子は、親子であると同時に、男同士の親友でもある。そんな風に思います。

これから男兄弟を育てる私にどれだけのことができるか、わかりませんが、二人とも立派な大人の男になるよう、しっかりと父親役を実践していく所存です。

兄弟愛

次男が生まれて2日が経ちました。母子共に元気に健康に過ごしているようで、安心しています。今日も長男(3歳)とお見舞いをしました。長男本人が希望するので、赤ちゃんを抱っこさせてあげると、とても喜んで抱いていました。

私は2年違いの二人兄弟です。子供たちは、4年違いの二人兄弟になります。まだまだ甘え癖の抜けない長男ですが、次男の誕生とともに、急速に兄貴としての自我が芽生えてきているようです。

腕っぷしが強く、負けん気の強い長男は、幼稚園でもワイルドな性格で、名を馳せています。ケンカは常勝。年上の子たちにも、平気で立ち向かっていく、ケンカっぱやい性格です。

果たして、そんな子が自分の弟をかわいがることができるのか。親としては少し心配している面はあったのですが、それは全くの杞憂になりました。

毎日、弟のことを「かわいい」と言って、いたわっています。まだ触れられる時間は少ないし、当の赤ちゃんは首が据わらないので、大人のサポートが必要ですが、積極的に抱っこをしたがります。

私は歳が近いせいか、弟とはケンカばかりしていましたが、大人になってからは、お互い信頼し合える良い兄弟関係を築いています。この子たちも、私たち兄弟以上の、兄弟愛を築いて、それぞれの人生を豊かにしてほしいと思います。

Akucchanが世界をゆく-兄弟愛

子育てというお仕事

昨日の次男誕生の興奮も冷めやらない、誕生2日目です。

長男誕生のとき、妻と長男は病院に入院しているので、私は一時的に一人暮らしをしておりましたが、今回は長男がいるので、父子の二人暮らしです。したがって、私が妻に代わって、長男の面倒を見ながら、家事を切り回すことになります。

朝食とお弁当を義母に用意してもらったので、助かりましたが、幼稚園の送迎と家事を同時にこなすと、短い時間にかなり多くの仕事量があることがわかりました。

9時の幼稚園お見送りから、13時のお迎えまで、4時間あります。整形外科のリハビリに行きたかったので、これで1時間を使うと、残りは部屋掃除、赤ちゃんの生活準備(ベッド組み立てなど)、昼食などで、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

長男を引き取り、帰路、食料、日用品のお買い物。帰宅後は、長男にアニメを見てもらっている傍ら、風呂掃除などの家事をやっていたら、もう夕方になっていました。

それから病院へ行き、お見舞い。長男は初めて次男の体に触れることができ、うれしかったようです。今日は短い、お見舞いになりましたが、着実に兄としての自覚が芽生えているようです。

お見舞いから帰宅したら、もう21時手前。風呂に入って、就寝です。

家事と子育てに追われた一日を終えて、妻がこれまで普通にこなしてきた主婦の仕事の多さを実感することができました。もう少し時間的に余裕があって、悠々自適な生活を送っているのかと思っていましたが、そんなことはありませんでした。

これから次男の子育ても加わるとなると、仕事量が増すのは、確実。かなり大変になってくるでしょう。しかし一方で、オヤジがしっかり稼いでくることも重要。家庭のオフェンスが外で働くことで、ディフェンスが内で働くことだとすれば、私が前者、妻が後者。夫婦お互い支えあいながら、どちらのお仕事もきちんと成果を出していきます。


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【長男が幼稚園で使っているバッグ】

次男誕生

2012年5月24日(木)13時9分、私たち夫婦にとって二人目の子になる赤ちゃんが生まれました。
体重3265g、身長49.0cmの元気な男の子です。

長男の出産のとき同様、立ち会い出産を行い、分娩のすべてのプロセスに立ち会いました。前回同様、妻は落ち着いて、慌てることなく、赤ちゃんを生むことができました。本当に強い母親だと思います。彼女の努力に感謝しています。無事に生んでくれて、ありがとう。

次男の誕生後、すぐに次男を抱きました。長男のときと同じで、軽くて、小さくて、かわいいです。生まれた瞬間に大きな声を上げ、元気いっぱいです。明るく健康に生まれてきてくれた次男にも感謝したいです。生まれてくれて、ありがとう。

次男が生まれたとき、幼稚園にいた長男は、病院に来て、ガラス越しに自分の弟との初対面を果たしました。3歳になる彼は、ママのおなかの中に、赤ちゃんがいることを理解し、いつ生まれるのか、楽しみにしていました。その赤ちゃんを目の前にして、彼は幼いながらも、喜びを感じているようでした。今日の出来事は彼の脳裏に焼きついて、小さいときの思い出として残ると思われます。

長男がいつも元気で、明るく、私たちの家庭をにぎやかにしてくれることは、私たちの幸福度を上げるのに絶大な効果を発揮しています。また彼が健康で素直に育ってくれているからこそ、次男が生まれることへの期待、希望が高まったことは間違いありません。まっすぐに育ってくれている長男にも感謝したいと思います。ありがとう。

次男の誕生は、私たちの家族の大きなバックアップに支えられています。私の母、妻の両親、祖父母は、みな物心両面において、多大な協力をしてくれています。いつも本当にありがとう。

ただ一つだけ心残りであることは、私の父に次男の顔を見せてあげることができなかったことです。去年の夏、妻がこの子を身ごもったことがわかった後、10月に父はこの世を去りました。父は自分がこの赤ちゃんを見ることは難しいであろうことを私たちに語りました。その上で、赤ちゃんの誕生を素直に喜んでくれたことは忘れられません。

父から受け継いだ命は、長男に続いて、次男にもバトンタッチされました。私を男らしい男に育ててくれた父は、父親のすばらしいお手本でした。父から教えられたことは、今、長男の子育てに大いに役立っています。きっと次男の子育てにも良い利益をもたらすでしょう。

今は天国にいる父に、一生懸命に私を育ててくれたことを感謝しています。もう面と向かって、言葉をかけることはできなくなってしまったけれど、ありがとう。ずっとこの子たちを見守っていてください。

私は一期一会という言葉を大事にしています。ずっと一緒に長い時間を過ごす家族であっても、命と命のつながりという意味では、その出会いもまた、一期一会であることは間違いありません。だからお互いのことを大切に、真摯に生きていかなくてはなりません。

今日、新たに授かったこの命との出会いは、とてもすばらしいものでした。これから彼の一生と、私たちの一生を通じて、すばらしい時が送れるように、今日から4人の家族ライフをスタートします。

これからも引き続き、みなさまの応援をよろしくお願いします。

Akucchanが世界をゆく-次男を抱く私

ブログは人の為ならず

今日の計画出産を控え、4年前の長男の出産のときのブログを読み返しました。
そして2008年8月28日の記事 を読んで、このブログを始めたきっかけを思い出しました。

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2007.12.28 Akucchan


私のブログの冒頭には上記のように書かれていますが、
2007年12月28日にこのブログを始めたのは、
その日、妻の妊娠がわかったからでした。

この日から自分の心の有り様、家族の心の有り様を記録しようとして、
約1年間、ブログの毎日更新を継続していました。

ブログ開始から約4年半が経とうとしています。
今ではFacebook、Twitterが日本でも普及して、ブログの位置づけが変わりました。
最近は気軽に使えるFacebookやTwitterに自分の思ったことを書くばかりで、
ブログに書く機会が減ってきています。

正直なところ、ブログは公開が原則であるため、情報の出し方に気をつける必要があり、
記事の更新が面倒な点があります。
またこうした記録は上記のSNSに記録してしまえば、
機能的に補完できて、問題はないという考え方もあります。

しかしこうしてブログを読み返してみると、SNSではなくて、ブログだからこそできる、
情報の残し方があると感じました。他人への情報発信としての役割もありますが、
自分、もしくは自分の家族のために残す日記としての機能。

この機能を果たすのは、SNSよりもブログのほうが優れているかもしれません。
もし、私の子供たちが、将来、自分の誕生のルーツをたどるうちに、
この記事を読んだら、どう思い、どう感じるのでしょう。

きっと、自分が生まれたことをとても祝福してくれている両親や親戚、友人の
心情を知って、感謝してくれるでしょう。そのように感謝してくれたら、この記事を
書いている私にとっては、至上の喜びです。

そのような可能性のあるブログ。

ブログは人の為ならず

我ながら名言かもしれません。

いざ出産へ part2

しばらくぶりのブログUPです。
今日、妻が計画出産のため、入院します。

第一子の長男も計画出産だったため、
促進剤による出産には抵抗がありません。
むしろ、妻も家族も準備を整えて、
出産を迎えることができるので、便利な方法だと考えています。

長男の出産の日のブログ(2008年9月2日「誕生!」 )を読み返してみると、面白かったです。
当日の気持ちがよみがえってきて、どのように対処すべきか、
何が足りなかったかが、見えてきます。

促進分娩で今日、生まれるかどうかは、わかりませんが、
夫婦いっしょに新しい命の誕生に向けて、精一杯がんばります。

緊張と余裕のバランスの取れた、精神状態です。
きっと良い報告ができるでしょう。
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