雨 ・・・マスターの場合(2)・・・・ ~Short Story6-2~ | 刹那のこころ

雨 ・・・マスターの場合(2)・・・・ ~Short Story6-2~

 (1)よりの続き


 右側の店奥の席には、美しい瞳と美しい姿勢で窓辺から外の雨を眺めるお嬢さん、左側の店舗入り口近くの席では、そのお嬢さんを気にしつつ同じく窓の外を見るシャイ君、そんな彼らと、正面の窓の外の雨とを、カウンター内側から眺める私。

 窓際に4つ並んだテーブル席のスペースとほぼ同じ幅だけの開口幅を持つ窓は、その枠が内側の風景を切り取ってワイド画面の映像を見ているようだ。画面の端と端に彼女らがいて、距離を置いて向かい合っている。そして、外の雨を眺めている。ここ最近の、私のとびきり楽しみにしている空間だ。

 この3人と雨が揃ったとき、この小さなカフェに独特の世界が生じる。時間の流れが、とても、とてもゆっくりに感じる。同じ空間にいながらその中で互いの世界を作り出し、それを各々が大事にしている。それでいてこの空間に奇妙なまとまりがあるのは、窓の外で降り続く雨がそれぞれの世界をつなげているからだ。この場合、雨は欠かせない存在なのである。 

 こんなシチュエーションを私は欲していたのだ。




 そろそろ40歳に手が届くかという頃、一念発起してカフェ経営を始めた。それまではグラフィックデザイナーの仕事をしていたのだが、日々パソコンに向かっている生活に嫌気が差し、生身の人間と接触のできる空間を欲したからだ。コーヒーは昔から趣味で自家焙煎などをしていたのが幸いして、おいしいコーヒーが飲める店として、カフェは若い層を中心に繁盛した。しかし駅前の大通りからほどなく行った場所柄かスタイリッシュに仕上げた店内の為か、予想以上に繁盛し(ありがたいことなのだが)、今度はただコーヒーを機械的にサーブするだけの空間になってしまった。

 

 もっと静寂な空間が欲しい。

 

 そんな気持ちがきっかけで、一年ほど前に今の場所に移転してきたのだ。駅からはさほど遠くもないが、大通りから少し入ったこの場所はあまり目立たないせいか、客は適度な人数まで減った。以前の店舗の壁面に移転のお知らせの紙を張っておいたので、移転初期は以前の客であろう人が何人も訪れた。しかし以前の店舗とは打って変わって古めかしくまとめられた店内に違和感を持つのか、だんだんと客数が減り客層も変わっていった。しかし私は客が減ったことは全く気にしていない。代わりにこの空間を必要として、大切に思って来店してくれる客が増えたからだ。


 そう、彼らのように・・・・・。


                                         (3)へ続く