病気になってよかった

病気になってよかった

世の中色々ありますってばヽ( ´∀`)ノ・゜゚・*:.。..。.:*

約20年前に「けいれん性発声障害(SD)」という病気になりました。
2006年に手術をし、今は症状がおさえられています。


病気になってからわかったことや、経験できた事がたくさんあります。

今は病気になってよかったと思える自分がいます音譜


今現在、けいれん性発声障害で苦しんでおられる方、またはご自分がこの病気であると気付かずに辛い毎日を過ごしていらっしゃる方へ、少しでも参考や励みになれば。。。


また、こんな病気で苦しんでいる人がいることを少しでも多くの方へわかってもらえればと思い、自分の体験を綴っていきたいと思います。


※お返事がなかなか返せないと思うのでコメントへの記入はできないようにしています。




あなたの周りにこんな人はいませんか?

もしかしたらSDという病気かもしれません


「けいれん性発声障害(SD)」とは?


けいれん性発声障害(以下、SDと略)は、のどが締め付けられるような声になったり震えたりする音声障害です。

リラックスした場面では楽に声が出せて、緊張した場面では逆に、極端に声が出しにくくなるというのもSDの特徴の一つです。
 
SDをもつ人の多くは、生活の色々な場面で困難にあいます。

例えば、周囲の人々から単に緊張しているせいで声が出ないと思われたり、電話の応対や人前で話しをすることが難しくても、それらを課せられたりなど、なかなか他の人に理解してもらえません。

その結果、友人や家族と上手くいかなくなったり、仕事に支障をきたしたなどの声も聞かれます。
 
しかしながら、SDは現在のところ医療従事者でも診断がむずかしく、治療できる医療機関も限られていて、相談する相手もなかなか見つからないのが現状です。

SDの会HP より抜粋させていただきました)

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SDはのどが締め付けられるような声になったり、震えたりする音声障害です。


私の場合、特に「おはようございます」や「ありがとう」「はい」「お疲れ様でした」「いらっしゃいませ」などの発音が難しかったです。


例えば、「はい」は、「ぁああいぃぃ…」のようになってしまいます。


今の職場で以前勤めていた人ですが、私のこの返事を真似る年配の男性がいました。


私が呼ばれて上手く返事ができず、「ぁああいぃぃ…」と返事をすると、その年配の男性は同じように「ぁああいぃぃ…」と真似してくるのです。


悔しくて、悲しくて、本当に嫌でした…。


だからといって、呼ばれているのに無言でいるわけにもいきません。


その頃大学病院へ通院はしていましたが、まだ病名もはっきりしていなかったし、本当に病気なのかどうかもわかっていなかった時でした。


なので、その人からしたら、私のことはただ単に「普通に話せない、変な奴」だったのかもしれません。


職場に嫌な人がいると思うだけで、会社に行くのが本当に嫌で仕方ありませんでした。


そんな時思うのは、自分の周りに嫌な人がいる時は、自分の魂のレベル(なんか宗教っぽいけど違いますから苦笑)が下がったせいで、同レベルの人を引き寄せているのかなと。


と言うことは、逆に魂のレベルを上げれば(自分が良い方向に変わっていけば)、そういう人達は自然と離れていくのかなと思うんです。


「類は友を呼ぶ」と言われるように、自分と魂が同レベルの人って自然と集まってしまうそうです。


「魂のレベルを上げる」って難しい感じですけど、怒らないとか、愚痴らないとか、人の悪口を言わないとか、それくらいのことでいいんです。


そして、うれしいあげ楽しいハートなど良い言葉しか使わないこと。


「ありがとうラブ」という感謝の気持ちを持つこと。


それを相手にも伝えること。


自分が間違っていた時は、ちゃんと反省することガクリ


そういったことを心がけていると、不思議なことに自然と嫌な人って周りからいなくなるんです。


勤め先の返事を真似る年配の男性も、年が明けて会社に行くといなくなってました。


これまでの人生を振り返ってみても、そういえば「魂のレベルを上げる」努力をしていると、苦手な人って自然といなくなってたな~って思います。


もし、自分の周りは苦手な人や嫌な人ばかりだな~という人は、相手のせいではないんです。


たまたま運が悪いわけでもありません。


自分の魂のレベルが下がってしまっているんですね。


その環境から逃れたい泣と思ったら、まずは「魂のレベルを上げる」努力をしてみてください。


なんらかの形で周りに変化が起きますよキラキラ


こういう風に考えれるようになったのも、声が出にくくなってからなんですよね。


それまでは、自分善がりな考え方しかしていませんでしたガクリ


私が病気になったことは、「このままではいけないよ!」ってことを、神様が気付かせるための切っ掛けだったのかな~って、今は思いますにへ

SDと並行して、うつ病を発症したことがあります。


世の中の全ての色が消えました。


色盲とかそういう病気などではなく、あの頃、本当に周りが白黒にしか見えなかったんです。


色々な事が重なって本当に辛くて、悲しくて…自殺未遂もしました。


自殺をしようとした際、


「私は消えてしまうんだ。消えたあとどうなるのかな・・・」と意外にも冷静に考えたり、


「もう何も考えなくてよくなるんだな」


と思うと、すごく気持ちが楽になったのを覚えています。


悲しい訳ではないけど、涙が止まりませんでした。


ただ、死ぬまでには至りませんでしたけど。(死んでたらこれ書いてないしっ!)


私はうつ病と発声障害を経験して、人が悲しんでいたり、辛く思っている気持ちをすごく共感できるようになったと思うし、これまで見えなかったこと、あえて見ようとしなかったことにも目が向くようになりました。


それまで冷たく当たっていた両親にも「ありがとう」と素直に言えるようになりました。


病気になって、人生観までも変わったことを本当によかったと思っています。


その事を痛感したのは、今年の夏、主人がうつ病になった時でした。


食欲が落ち、痩せはじめ、不眠が続き、会話が減ってくるなど、少しづつ様子がおかしくなっていたので気にはしていたのですが、ある日、急に仕事に行けなくなりました。


すぐに病院へ連れて行き、うつ病の診断を受け、会社へはとりあえず一か月間の休みを申し出ました。


主人は一時、退職まで考えていたようですが、うつになった原因の仕事から外れたことと、一か月ゆっくりできた事で、今ではすっかりよくなり元気に会社へ行っています。


周りからは「大変だね」「大丈夫?!」と心配されましたが、私は焦ったり、どうしよう…とか、大変だ!とか、一切思いませんでした。


主人の場合、その時携わっていた「仕事」がうつ病の原因だとハッキリしていましたから、その仕事から離れ、復帰後も携わっていた「仕事」からはずしてもらえれば、原因となった事柄から解放されるので、比較的簡単に治ると思っていたからです。


主人がお休みしていた一か月間、普通に接していただけなので、大変に思うことはありませんでした。


うつの人は、怒ったりすると、自分の無力さを責めるようになり更に深く落ち込むし、逆に、励まされてもうっとおしく思うだけなのもわかっていました。


なので、普通に接するのが一番いいんです。


そういう考えでいられたのは、私がうつ病を経験していたからだと思っています。


そうでなかったら、どう対応していいかわからなかったかもしれません。


主人もこの度うつ病を経験して


「周りや会社の人達の暖かさがよくわかった。病気になってよかったよ」


と言っていました。


人との接し方や考え方も変わってきたようです。


私に対しても、以前はもっと頑固で、自分の意見を通そうとしていたのが、話しを聞いてくれて、理解しようと努力してくれるようになりました。


病気って、なってしまったらもちろん嫌だけど…


これまで気づかなかった事を気づかせてくれたり、他人に対する考え方が変わったり、時には人生観まで変わったり!


病気になるって、何かしら意味がある事なんだな、って、改めて感じました。


考え方がよい方向に変わると、『運』もよくなってきたように思います。


今病気で苦しんでいる人も、決して後ろ向きにならずに、


「この試練を乗り越えたあとに得るものってなんだろう?」


って、ほんの少し考えてみてはどうでしょう。


その考えはあなたを前向きにしてくれると思うし、病気を乗り越える力にもなると思います。


人間は、その人が乗り越えられる試練しか与えられないのですから(^-^)

大学病院の音声外来へ からの続き



まず始めに、CTやMRI、血液検査など、甲状腺からくる病気やパーキンソン病の検査を念のため行いました。
結果、それらの可能性はないとのこと。


他に何か異常がみつかれば、もしかして具体的な治療方法がみつかるのでは?と期待もしましたが、特に異常はなし。
声帯周りのけいれんについては、やはり原因不明です。


大学病院へは月に1度通院することになりました。


まず音声外来で発声の確認をし、耳鼻科で鼻からカメラを入れて声帯周りのけいれん状態を見てから問診。
出される薬は、一か月間、試しに飲んでみて状態を確認し、少しでも効き目があれば、とりあえず継続。
駄目だとわかればまた別の薬に変更といった具合です。


出される薬は精神薬でした。


担当の先生は耳鼻科の先生なので、精神薬のことがあまりわからないらしく、いつも薬の本を見ながら問診をし、「そういう症状なら、今度はこの薬を試してみようか…」と常に手探りといった感じの治療で、ちょっぴり不安でした(^ ^;


それでも、わからないなりに、精神科や心療内科の先生とも相談して、色々薬を検討してくれていたようです。


精神薬は、眠くなるものや、血圧が低下するもの、ボ~っとしてしまうものなど、副作用が結構出るので、飲み続けるのが結構きつかったです。


そんな中、飲んだ直後いきなり効いたものがありますビックリマーク
名前は忘れてしまいましたが、同じけいれんの病気だから効くかもしれないと、試しに出されたパーキンソン病患者用の薬でした。


但し、数時間後には元に戻り、その後、全く効き目がありませんでした。
それでも、少しの時間でも薬が効いたといううれしさに、継続して飲み続けたのですが、記憶が飛んだり、今自分が何をしているのかわからなくなるといった副作用がかなりひどくて、続けることができませんでした。


そんな手探りの治療を数か月続けている頃、「SAD(社会不安障害)」 という病気を知りました。


「もしかして、私はこの病気なのでは?」


と思い、大学病院の先生に相談したところ、心療内科に行って相談してもいいのでは?と言われたので、別の心療内科に行ってみることにしました。


心療内科は基本、問診だけというのが多いのですが、私の場合もそうでした。

ただ、大学病院から診断書も書いてもらっていたので、それも判断材料にはなったと思います。


問診の結果、「SAD(社会不安障害)の可能性が高いですね」ということで、SADの薬を出されました。


「もし、本当にSADならこの薬で治るかも!」


との期待感が湧きました。

原因不明な病気であるより、SADであって欲しい!!と願いました。
ただ、、、その薬が効いている感じが全くしなかったのです。


大学病院での治療もどうするか悩みましたが、しばらく並行して治療することにしました。


心療内科と大学病院の両方から出された薬を飲んでいたある日、体全体にけいれんを感じるようになりました。
特に、手の震えがひどく、箸を持ったり、パソコンや携帯を打つのも苦しくなり始めたのです。


大学病院で相談したところ、検査を受けるよう言われました。
大学病院内で検査を受けた結果、特に異常はなかったものの、実はSADの薬に原因があったようです。
その薬は、けいれんがある患者が飲むと、症状が悪化するものだったのです。。。


心療内科では、私にけいれんの症状があることは言っていたし、大学病院からの診断書にも記載があったはずなのに、そんな薬を出されていたなんて、、、。


SADの薬を止めてから、体のけいれんはすっかり治まりました。
やはり、あの薬が原因だったんです。。。
当然、それ以降、心療内科へは行かなくなりました。


SADなら薬で治るかも!と強く期待していた分、駄目だとわかり、ひどく落ち込みました…。


また、特に周りの人が病気のことを心配してくれても、うっとおしくて仕方ありませんでした。


この頃、精神薬ばかり飲んでいたせいかもしれませんね。。。

職業訓練学校に通学中は、時間に余裕もなく、学校を修了してからも収入がないため治療を始める気にもなりませんでしたが、仕事がみつかって収入を得ることができるようになってから、また治療を再開してみようと思うようになりました。


思い立ったのが、以前通院していた病院で『断定できないけど、もしかして、けいれん性発声障害という病気かもしれない。大学病院で注射による治療法か何かあったように思う』と言われたことを思い出し、行ってみることにしました。


大学病院の先生にこれまでの経緯を話し、注射による治療があるなら受けたいと申し出ましたが、注射による治療はやっていない、また、本当にけいれん性発声障害かどうかここではわからないと言われました。


けいれん性発声障害は原因不明の病気で、もし、そうだとしても、通常の医師では診断がむずかしく、治療できる医療機関も限られているとのこと。。。


ちなみに、けいれん性発声障害だとすると、注射による治療や手術をする方法があると言われましたが、専門の医療機関は全て他県にしかないとのことでした。


注射による治療とは、ボトックス注射だそうです。

ボトックスは筋肉の動きを麻痺させる作用があるので、それを痙攣している筋肉に注射し、痙攣の症状を抑えるのだそうです。

ただし、注射の効力は3か月~半年くらい(だったかな?)なので、定期的に注射を打つ必要があります。


以前、似たような症状の患者さんが大学病院へ来た際に、注射による治療の話しをしたところその治療を希望され、結局千葉まで行かれたそうです。

でも、数か月に一度、注射を打つために千葉まで通うのが大変だったらしく(ちなみに広島です)、途中で止めてしまったとか。

結局その後、その患者さんは大学病院へも来なくなり、今はどうしているのかもわからないらしいです。


この話しを聞いて、注射の治療は受ける気にはなりませんでした。

千葉まで定期的に通院するのは難しいとも思ったし、私は一時的に症状を抑えたいのではなく、キチンと治したいと思っていたからです。


10年も苦しんできたんだから。。。


「だったら、すぐにでも手術を!!」と思ったのですが、専門の医院は京都にあるとのこと。。。

もし、しばらく京都に通院となると大変だし、手術となると費用もかかります。


大学病院の先生は、手術は最終手段として考えた方がよい、しばらくは大学病院の音声外来に通院し、薬で良くなるかもしれないからと投薬治療を勧められました。


それから、約一年かけての投薬治療が始まったのです。

針治療を止めてから、落ち込む日々が続きました。


食欲が落ち、どんどん痩せていき、眠れない日々が続き、、、うつ状態にあったと思います。


それでも、失業給付金をもらうためにハローワークへは通っていました。(というか、行かなくてはいけませんでした…。)


声が上手く出せない不安から、就職活動や面接をするなんてとても出来ない状況だったので、とりあえず職業訓練を受けてみようか、いう気になっていました。


職業訓練を受けている間は失業給付金が支給されるし、交通費も出るし、日当までもらえるからです。


はじめは、CADでも習ってみようか、と思ったけど、年齢制限でアウト…(ノ_-。)・°・


ある日、資料を見ていて、ふと目に止まったのが“Webクリエイター養成講座”でした。


Webクリエイターがどんな事をするのか、当時は全くわかりません。


ただ、そういう職業があることを、以前テレビで見てなんとなく覚えていたんです。


『その覚えていた』ということが妙に気になって、とりあえず申込をしてみました。


職業訓練を受けるには定員が決まっていて、まずは試験を受ける必要があります。


幸いにも私は試験に合格することができました。


学校に行くことで、見知らぬ人と接しなければいけない不安が大きかったけど、生活費を貰うため、と割り切るしかありません。


ところが、学校へ行き始めると、通うのが楽しみになっていきましたニコニコ


Webクリエイターの仕事というのは、簡単に言うと、HPを作る仕事です。


以前の会社を退職した理由は、病気の治療のためと、あと、そのまま接客の仕事を続けていても先がないように思えていたこともあります。


「私は本当は何がしたいんだろう」と考えているうちに、「何か作る仕事がしたい」と思うようになっていました。


そういった思いもあって、このままでは何も変わらないと感じ、思い切って退職を決めました。


「何か作る仕事がしたい」と思っていた私にとって、職業訓練学校で教わる内容は、とても興味深いものであり、私の思いに合っていました。


Webクリエイターが何をするのかわからないにも関わらず、妙に気になって申し込んだのは大正解音譜


もちろん、学校内で周りの人と話す機会もあるので、その度に恐い思いや、緊張をしていましたが、なるべく聞き役に回り、話さないといけない時は笑うようにしていました。


不思議と、笑いながら話すと少し楽に声を出すことができたんです。(あとで知ったことですが、SDの人は笑い声は楽に出るそうです。)


学校を終え、四か月程また引きこもりに戻りましたが、友達から、「知り合いでHPを作れる人を探してる」と話があり、私の事情もわかってくれた上で採用してもらうことができました。


仕事を辞め、学校へ行き、こうして好きな仕事ができるようになったのは、まるで何かに導かれていたようにさえ思えます。


病気になっていなければ、転職しようなんて思い切った考えはなかったでしょうね。


SDになることも、きっと私には必然だったんだなと、今は思えますキラキラ

私の下顎はどういうわけかいつも震えていて、下顎の力を抜くと、歯がカチカチ小刻みにぶつかっていました。


それを抑える為、常に歯を食いしばっていなければならないので、いつも疲れを感じていました。


電車や人ごみの中を歩く時など、誰かに見られているのではないか、顎の震えに気づかれるのではないか、笑われているのではないかと感じ…。


いつも以上に力が入り、辛かった…しょぼん


SDの人は、人と話すことを苦手としますが、私の場合、電車や人ごみさえ苦痛でした。


どうすれば顎が震えないのか、どうすれば歯を食いしばることなく口をつむっていられるのか…。


どうすれば力むことなく普通の表情ができるのかがわかりませんでした。


顎の震えがひどくなるにつれ、だんだん外に出ることが憂鬱になり、精神薬を飲んでいた時期もあります。


その時は、「SAD(社会不安障害)」 との診断を受けていた時で、心の病気から、顎が震えているのだろう、ということでしたが、薬の効果は全くありませんでした。


逆に、SADの薬(どういう薬か名前忘れましたが)を飲むと、かえって震えがひどくなり、日によっては、手まで震えることがあったので、恐くなって飲むのを途中でやめてしまったんですけどね(^_^;)


後にわかったことですが、私の場合、顎だけでなく、舌も震えていたようです。
(舌の震えは、先生に言われるまで気がついていませんでした…^_^;鈍)


SDのせいなのかは原因不明とのことでしたが、SDが改善されれば、おさまる可能性があるとのこと。


実際、手術で声帯周りの痙攣をおさえてからというもの、舌と下顎の痙攣は少~~~~~~し残っていますが、気にならない程度におさまっています。


顎の震えはSDの影響だったんですね。


電車や人ごみがあんなに苦手だったのに、今では全然平気になりました!(≧▽≦)


テレビを見ている時などに、ふと気が付くことがあります。


顎に力が入っていないことで実感できるんです。


私はもう大丈夫なんだな、って(^-^)




「SAD(社会不安障害)」

他人に悪い評価を受けることや、人目を浴びる行動への不安により強い苦痛を感じたり、身体症状が現れ、次第にそうした場面を避けるようになり、日常生活に支障をきたすことを、社会不安障害(SAD:Social Anxiety Disorder)といいます。


不幸なことが一生続くとは私は思いません。


悪いことが重なったそのあとには、必ずいいことが起こると信じています。


なので、ものすごく悪いことがあった時は


「これからどんな幸福が訪れるんだろう音譜


と、現状の悪いことよりも、いつかやってくる幸福な出来事を楽しみに、のんびり待つようにしています(^-^)


悪い運気は、気が滅入れば滅入るほど近寄ってきます。


悪い状況の時は、なかなか良い状況を考えられないのが現状ですが、そんな時こそ


「これを過ぎれば、きっと大きな幸せがやってくるんだ!」


と無理矢理にでも考えるよう、努力します。


そうすると、いつの間にか、本当に幸せがやってきてくれますラブラブ


こういう風に考えらるようになったのも、SDになって、うつ病にもなって、人生のどん底を感じたから実感できたのかな、と。


人間としても少しは成長できたかな…。


だといいなぁ…( ̄▽ ̄;

SD(けいれん性発声障害)の人は、電話がとても苦手です。


直接会って話す時は、まだ身振り手振りや相槌など、声だけでなく、動作や表情によって相手に言いたい事を伝えたり、感情表現ができるのですが、電話では「声」でしか伝えることができません。


私がSDで苦しんでいた時も、電話の音が恐怖でした。


個人的な電話の場合、出ないことも多かったです。


あとから「電話に出れなくてごめんね!何かな~?」とメールをし、その後はメールでやりとりをする、といった具合でした。


勤め先では電話の側にはなるべくいないようにし、近くにいても手が離せないようなふりをして、極力出ないようにしていました。


それでも、どうしても出なくてはいけない時があります。


電話に出ると思うだけで、身体中が緊張し、カ~ッと熱くなり、汗が出てきます。


心が決まるまでしばらく出ることができず、やっと電話に出た時の第一声を発するまでにも時間がかかります。


声を絞り出すようになんとか応対をするのですが、やはり聞き取りにくいのでしょう…。


先方から何度も「えっ?」と聞き返されてしまい、その度に更に緊張が増し、汗が出ます。


ひどい時は息苦しくなり、酸欠のようになり倒れそうになったことも…。


私は自分が何かおかしいと思いつつも、病気だとは思わず普通に過ごしてきました。


SDは病院へ行っても診断されにくく、病気だと認めてもらえないケースがほとんどだそうです。


当たり前ですが、見た目は健全です。


でも、当の本人は「なんで普通に声が出せないの?!」と、とても歯がゆく、辛い思いをしています。


時には気が狂いそうになり、いっその事、声が出なくなればいいのに!とさえ思ってしまいます。


もし、周りにSDではないか?と思われる人がいたら、出来る範囲でいいので、助けてあげてください。


電話が鳴った時「出なくていいよ」と言ってもらえるだけで、ほんとに、ほんとにすごく安心できるんです。

一か月くらい、先の見えない自律神経の訓練を続けていたある日、声が全く出なかった人が、針治療で声が出るようになった、という番組をテレビで見ました。


「これなら治るかもしれない!」


幸い、すぐ近所に評判のよい針治療院があったのです。


これまで針治療など行ったことがないので、どういう治療をするのか、保険は適用するのかなど心配でしたが、藁をもすがる思いだった私は、自律神経訓練法をやめ、針治療を受けることに決めました。


私を診察した先生は、


体が緊張していて、色々なところが硬くなってしまっている。これをほぐしていけば、声も出るようになるよ。


と言って下さいました。


「声が出るようになる」


この言葉がどんなにうれしかったか…。


早速その日から治療が始まりました。


体の硬くなった箇所に、針を束ねたような器具をブスブス刺して悪い血を抜き、針をし、お灸をする。


この悪い血を抜く治療がとっても痛く、またお灸に慣れるまで熱さを耐えるのが大変で…(T-T)


出されるお薬は漢方薬で、量が多く、しかも苦くて飲みにくいものでした…。


保険適用でしたが、治療費も高く、仕事を辞めて貯金を切り崩して生活していた私にはとても痛い出費です。


それでも「これで良くなれば!」という思いから、何か月か通院を続けていましたが、声は相変わらずで、回復の傾向は一切見られず、貯金はどんどん減っていくばかり…。


またも、自律神経訓練法の時と同じ「本当にこんな事をしてよくなるのか」という疑問が出てきました。


「もう治らないのかもしれない…」


絶望感と不安から気持ちが沈みがちになり、次第に引きこもりになっていき…


ついには針治療へも行かなくなりました。

最初に病院へ行ったあの時、「気のせいですね」で済まされず、病気だとわかっていればもっと早くなんとかできたのに、、、とも思いましたが、けいれん性発声障害は、軽症を含めれば数千人に一人いるのでは?という病気なので、医師の間でも認知が低いようです。


声帯をみても異常がわからず、「精神的なもの」と誤診されるケースもあり、正確な診断を受けるまでに、耳鼻科や神経内科、精神科などを5~10か所回る人も多いとのこと。


実際私も耳鼻科、心療内科、針治療院など、トータル7つの病院へ行きました。


退職後、最初に行ったのが耳鼻科です。


「声帯の周りが震えているみたいだけど、原因は不明。大きな病院でないとわからない」と言われました。


その後、近隣で一番大きな区民病院の耳鼻科を紹介されましたが、やはり原因不明。


精神的な問題だろうということで、精神治療の専門病院を紹介されました。


そこでは、自律神経が原因だろうと言われ、精神薬を飲みながら「自律神経訓練法」の治療を受けることになりました。


「自律神経訓練法」とは。


心身を効果的にリラクゼーションさせる方法として有力な方法で、リラックスした時の体の状態を意識的に再現して体のリラックス状態をまず作り、精神面への影響を期待するものだそうです。


つまり、自分で自律神経をコントロールできるよう訓練し、結果、声帯周りのけいれんを自分でコントロールできるようにするのが目的でした。


この方法を、病院でも家でも行うのですがとても難しく、自律神経を上手くコントロールできるようになるには、それなりの根気と、時間もかなりかかるとのこと。。。


本当にこんな事をしてよくなるのか、、、正直疑問でした。


それでも他にどうしていいかわからず、しばらく通院していたある日、先生にこんな事を言われたのです。


断定できないけど、もしかして、けいれん性発声障害という病気かもしれない。


大学病院で注射による治療法か何かあったように思うと。


もしその病気なら、その辺の病院では簡単に治せないようでした。


その時は自分が簡単に治せないような病気になるはずもないとの思いがあり軽く聞いていましたが、「大学病院で注射による治療法」というのが心のどこかに引っかかっていました。