今月に入ってクソみたいな立ち回りである。
初手を外した後が特に酷い。
そしてヒキもクソ。とにかく謎ムラ、偏りが酷すぎて手がつけられない状態でもある。Aで朝っぱらから掘り進むのにこんな感じだと本当に迷走しまくる訳ですが、結局は根拠に欠ける選択をしてしまってるだけ。
その数日で、2台ほど数千円で台移動して捨てた台が上挙動で終わってたりすると、もう疑心暗鬼を産むってやつです。ありもしないアクロスに移動しちゃうとか、数日凹みなだけの絆2を適当に当てて、分からんけど無い臭いから止めるとか、ディスクに何となく座ってしまうとか、今思い出しても赤面するような立ち回り。
ま、持病が発症しただけではありますが、悪い循環に陥る要因の一つというか、悪手中の悪手。ピンポイントだろうと、後ヅモだろうと、狙いすました一手ならあろうとなかろうと得るものはあるのだから、かくあるべき。
とはいうものの、基本的に世の中で、今生の人生において、最も信頼に足らないのは自分自身だと思ってるのであって、2番目に信用しないのがぱちんこ屋のする事。その次に設置してある機械。
これを道とするならば、よくもまぁなに一つ信頼も信用もするに値しない要素だけを抱え込み進んで来たものだと、はなはだあきれ加減なのが昨今の心情であったりします。ともあれ、やれる事と言えば積み上げてきた結果と、それを支えにやはり同じように積み上げていく事だけ。
結局不毛である。
が、人生に毛がある、実がある必要性が必ずしも正しいとは考えてもいないのも、これまた極端に聞こえるかもしれないけれど、真、だとも思ってたりします。
既にあまり使われなくなったファジーって概念、嫌いぢゃないんですが、虚でも実でもなくその間。曖昧模糊とか五里霧中って表現も似たり寄ったり。そのもうフワフワしてるとしか表現というか、筆舌のしようがない感じ。
そこで生きているのであるならば、やはりやり口というか、在り方というのも今みたいに厳に、こうあらねばならいない!みたいなスタンスからは脱却してみたらどうかと思ってたりします。
確かに自らを律して、戒めながら進まないと期待値なんて積み重ね続けられるものでは無いし、簡単に、本当に至極簡単にあるのか無いのか分からないモノに変貌してしまう。そしてそれだけに、それを得ることだけに専従仕切れる訳でもない。
随分と歳も重ねて、取り巻く環境も変化し続けて行く中で、この先どうあるべきか、どう凌いで行くのか。
負けてる間にそんな事考えてました。
勝ってりゃ考えないんでw
ではまた。

















