私の大好きなドラマ、『コードブルー』1で、ミュンヒハウゼン症候群の患者を取り上げた回があった。
その患者は自分で自分の血を抜き、それを口に含んで血を吐いたように見せかけ、周囲や病院を騒がせていた。
また、いろんな薬剤を入手し、どんどん飲んでは様々な症状を引き起こし、原因不明の病?で病院で優しくされては自分の存在価値を見出だそうとしていた。
精神疾患の一種である。
病気によって優しく労られることでしか、自分の存在意義を見出だせない。
究極の構ってちゃんだ。
その患者は自分で自分の血を抜き、それを口に含んで血を吐いたように見せかけ、周囲や病院を騒がせていた。
また、いろんな薬剤を入手し、どんどん飲んでは様々な症状を引き起こし、原因不明の病?で病院で優しくされては自分の存在価値を見出だそうとしていた。
精神疾患の一種である。
病気によって優しく労られることでしか、自分の存在意義を見出だせない。
究極の構ってちゃんだ。
しかし、ミュンヒハウゼン症候群の患者本人ならば、本人だけが治療を受ければいいだけのこと。
これが「代理ミュンヒハウゼン症候群」ともなれば、事はもっと厄介だ。
それも、母親による我が子への代理ミュンヒハウゼンともなれば・・・
たとえば、喘息の我が子に、母親の不安な顔は禁物。
なぜなら喘息は、精神的不安が発作の引き金にもなりやすいから。
しかし代理ミュンヒハウゼン症候群の母親は、自分が構ってほしい時、我が子に
「こんな天候の日は発作が出やすいのよね・・・。大丈夫?ママ心配だわ・・・」
と、不安げに我が子の頬を撫でる。
すると子どもは、母親から不安だけを受け取り、現実に発作を起こしてしまう。
そして医者を呼んだり救急車を呼んだり、家族や近隣まで騒がせ、
「あの人大変ね」
「よく頑張ってるわね」
「立派ね」
等々称賛を浴びて自分の価値を確かめ、ようやく安心する。
これが「代理ミュンヒハウゼン症候群」ともなれば、事はもっと厄介だ。
それも、母親による我が子への代理ミュンヒハウゼンともなれば・・・
たとえば、喘息の我が子に、母親の不安な顔は禁物。
なぜなら喘息は、精神的不安が発作の引き金にもなりやすいから。
しかし代理ミュンヒハウゼン症候群の母親は、自分が構ってほしい時、我が子に
「こんな天候の日は発作が出やすいのよね・・・。大丈夫?ママ心配だわ・・・」
と、不安げに我が子の頬を撫でる。
すると子どもは、母親から不安だけを受け取り、現実に発作を起こしてしまう。
そして医者を呼んだり救急車を呼んだり、家族や近隣まで騒がせ、
「あの人大変ね」
「よく頑張ってるわね」
「立派ね」
等々称賛を浴びて自分の価値を確かめ、ようやく安心する。
だから我が子の病気が治っては困る。
かろうじて話せるなら話せないように。
歩けるなら車椅子に。
一才の我が子に腐った水を点滴して逮捕された実例が過去にある。
殺そうとは思わなかった、ただ、(我が子を必死に看病する私を)皆に認められ、構ってほしかった、と・・・。
しかし長女と、その一才の五女は存命しているものの、次女三女四女は、三人とも乳幼児期に病死している。
家族は口を揃えて言う。
とてもいい母親で、子どももなついていた。そんな事をするような人間には、とても見えなかった・・・。
世の中には、今やほとんど目が見えていない我が子の両眼同時大手術時の、その手術直後のICUでのいくつも挿管された、
あまりにも痛まし過ぎる顔写真を繰り返し繰り返しブログにアップする母親もいる。
自分がいかに苦労している健気な母親であるかをアピールし、同情と称賛のコメントを得るために。
親ならば、とてもとても見るにしのびない写真だろうに・・・。
いや、それ以前に、そんな姿写真に撮るか?
治ると判りきってる病気ならまだしも。
まったく神経を疑う。
病気の我が子よりも、我が子に尽くす自分への評価が重要なのだ。
それほどに、代理ミュンヒハウゼン症候群というのは、恐ろしいものなんです。
保護されてほしい、一刻も早く。