三日月の夜だった。ある男が人混みの中を足早に歩いていた。男は目的地に向かうべく一心に歩みを進めていたのだ。尤も目的地が何処かを男は知らなかったが。
と、男は歩いている最中に突然パタッと倒れた。後ろを歩いていた人たちが平然と男を踏み越えて行く。前から来る人も当たり前のように男の上を歩いて行く。車も1台、男の尻を轢いていった。男の視界には、忙しなく動く人々の足と、アスファルトの隙間から僅かに生えた貧相な雑草しか見えなかった。いや、雑草の陰に蠢くものがある。蚯蚓だ。
そいつは周囲の状況などお構いなしに、のんびりと動いている。もちろん男のことなど石ころと同じくらいにしか思ってないだろう。
男の足をまた車が轢いていき、男は両足の脹ら脛から下を失った。歩いて行く人々の足は、男の手指を潰し、千切って行く。そろそろというか、漸く、男は自分が蚯蚓であることを自覚しはじめた。
空には満天の星。三日月は笑う魔女の唇のようだ。
蚯蚓になりたい…