私の教会では毎週聖餐式を持つ。
パンはあらかじめ切らないで、その場で裂くようにしている。
すると、当然、パンの大きさに違いが出るのだが、
人によって、大きいものを選ぶ方と、小さいものを選ぶ方がいるのは、興味深い。

別に、取るパンの大きさに、正しい間違いはないのだが、
私としては、大きい方を取ってもらいたい。
なぜなら、その方が、
自分の罪深さを認め、より大きな神の恵みを求めているように見えるからだ。

もちろん、小さい方を取る方がそうでないということではないし、
大きなパンの方が、そういう「効果」があるということもない。
しかし、信仰には、必ずその表れがあるのであって、
本当に今言ったようなことを思う方であれば、
大きな方を取るのが普通ではないかという気がする。

そして、それこそが本当の意味での謙遜なのだ。

小さな方を取るのは、人の前での謙遜、
大きな方を取るのは、神の前での謙遜
である。