おじいさん猫のシロが今朝亡くなった。
我が家の長老だった。

人懐っこい性格で
近所の中学校のたくさんの子達から可愛がられた。

通学路にいつもいる真っ白な猫は、
彼らにとってちょっとした楽しみになっていたようだった。

シロも彼らを待っているかのように
道の真ん中にちょこんと座ってじっとしていた。

シロがたまたま見当たらない時などは
名前を呼びながら庭の方まで覗きに来てくれる子もいた。

そんな様子を見ながら朝食をとるのが
私の朝の楽しみだった。

私が帰宅するときは、足音を聞き分けてか
どこからともなく現れ、家まで並んで歩いた。

2年前の冬には、
シロの寝床をタヌキに占領される
ということもあった。

キャットフードも横取りされていたが
喧嘩をすることもなくタヌキに譲っていた。

おじいさんになって歯が抜けて
舌が出たままになっている顔が愛らしかった。

命の火が消えたあとの冷たくなった手を握ると
そこに彼がいないことを実感する。

亡くなった人や動物の体に触れた時
それまであった命の火は一体どこへ行くのだろう
と考える。

一つ一つの体に灯る
命の火の尊さと神秘を思う。

(二)
老画家の家を訪れた。彼のアトリエは古い農家を改造してあり、

土間には200号程の大作が何点も重ねて立て掛けてあった。

しかし、相当過去のものらしく、作品は埃に埋もれていた。

同行した友人は布団がぐちゃぐちゃになったベッドの上に座り、

彼の画集を見ていた。初めてお邪魔したお宅なのにそんなところで?

と思ったが、部屋をよく見回してみれば、ベッドが5台置かれて

いるのみである。「共同アトリエだったのですか。」私が聞くと、

「昔はな。」と返事が返って来た。友人がページをめくるたびに

彼は作品についての思い出話を聞かせた。

画集とその話の内容から相当有名なはずだが、我々は彼の名を知らない。

なぜ名も知らぬ老画家のアトリエを訪ねたのかもよくわからない。



そんな夢を見た。(二)
40分6000m走ったなう。
前回、スポーツセンターのBGMがうるさかったのですが、今日は静かでした。おかげさまでちょっとリフレッシュできたかな?そしてドッグズノーズなう。シャーワセ!( ̄v  ̄ )