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母と共に病と闘うブログ~多発性骨髄腫~

2018年1月、多発性骨髄腫と診断された母の闘病記録。
たまに息子たちのネタもあるかも。

1月29日から入院し、早3週間。

母はまだちゃんと生きています。


入院した日は私が付き添いましたが、そのときは本当にもうだめだと思いました。顔色や肌の質感など、今までとは明らかに違い、もう数日しか生きられないという印象でした。

腰が痛すぎてベッドに座るのも苦労し、点滴の準備で横になるにも痛くて痛くて。

もちろん笑顔などなく、ずっと険しい顔。


翌日私と父は、主治医のO先生と延命のことや今後の治療について話すことができました。

そこでも数日もつかどうか、もちこたえても1ヵ月はないですと言われました。


2月2日から長男の受験が始まり、16日が最後の試験日。その間には次男の大きな公式戦。

毎日ハラハラしていました。


一進一退というか、徐々に弱くなってきつつも、2月16日を迎えることができました。そして今日、ここまで弱くなってしまったけど、母と孫たちが会うことができました。

弱音を吐くことも多くなっていたし、母があまりにも辛そうで、もう頑張らなくていいよ、って思う日も増えていたけど、さっき母が「もっと生きなきゃって思えるようになった」と言いました。

すごい生命力!

とても元気な父と一緒に、母を見守っていこうと思います。

2024年3月にCAR-T細胞療法を受け、23日間の入院を経て4月に退院。経過観察の通院をしつつ、安定した日々を送っていました。

しかしその後、体調が優れない日が増えてきました。7月頃には血液検査でも悪い結果が出るようになり、今後病とどう付き合っていくかについて話が出るようになっていました。

母自身も友人と葬儀社を訪れ、家族葬のことや戒名、散骨などについて知識を得ていたようです。

その辺りの話を断片的に聞き、父からもそろそろだろうという話を聞き、多発性骨髄腫と診断されてから何度目かの覚悟を決め始めました。

とはいえ、体のあちこちが痛んだり、食欲がなかったり、気分が塞いだり、いろいろ不調はあるものの入院することなく過ごしていました。


母は孫の試合を観戦したことがなく、11月2日の県大会準々決勝の応援に行こうと言っていた矢先、血液検査の結果がさらに悪くなり、そのショックも大きくて会場に行くことができませんでした。テレビで放送されていたので、孫の活躍は自宅で観ることができました。


そして以前から高3の息子は、年末年始は私の実家で勉強合宿をしたいと言っていました。Wi-Fi環境を断ち、受験勉強に専念したいと。母の体調を考えると実現は難しいかと思いましたが、気合いで10日間受け入れてくれました。洗濯や食事の世話など、とても幸せな10日間だったそうです。


そして今日母は父の送迎で通院日。

昨日まで自宅の階段を普通にのぼりおりできていたのに、今朝は全身が痛くて移動するのも一苦労。

病院では4時間ぐらいかけて点滴。明日から即入院が決まりました。


多発性骨髄腫に関して、もう母ができる治療はないそうです。

入院しても、痛みを逃す処置をし、急変に備えるという感じみたいです。

明日入院したらもう自宅には戻れない。今週もつかどうか。父は主治医からそのような説明を受けたそうです。


今週末から私大の受験が始まります。とても複雑。試験が終わるまで、母にはどうにか頑張ってほしい。でも「もう早く楽になりたい、痛みから逃れたい、もっと生きていたいとは思えない」と何度も聞き、本当に複雑です。


余命宣告を受け、今日急いで母の元に向かったのですが、ゆっくりだけどしっかり歩き、おしゃべりが止まらない姿を見て、信じられない気持ちです。

3月25日にCAR-T細胞投与のために入院。

アベクマを入れてからは聞いていた通りの副反応が出て、毎日のように体調報告の電話がありました。

入院してからとても弱気になり、もう退院できないのではと考えたようで、遺言まではいかないけど、私に頼みたいことや話したいことをずっと話していました。

とにかく普段から偏食の母は、病院食を食べられるわけなく、入院のときの一番の悩みが食事です。

副反応による高熱や寒気などもあり、さらに食べられず、力が出ないと言っていました。とはいえ、寝たきりかと思いきや、自らトイレに行き、共有の体重計まで毎日行けたそうです。肺に水がたまっているときもあったみたいですが。


CAR-T細胞療法経験者のブログなどを読み、合併症発症や検査結果が優れず長期入院になってしまうことも知りました。

母は個室だったので、あまりに長い入院になるなら大部屋への移動も考えてもいいね、と考え始めたころ、突然の退院許可。

4月16日に無事退院し、23日間の入院生活が終わりました。


1週間後に外来で診察があったので付き添いました。主治医からは強靭な体力と褒められていました。自宅でも家事全般をこなし、普段通りの生活をしていることにも驚かれました。

とりあえず手洗いうがい、体調の悪い人とは会わないことに注意し、次は2週間後の診察となります。