母と共に病と闘うブログ~多発性骨髄腫~

母と共に病と闘うブログ~多発性骨髄腫~

2018年1月、多発性骨髄腫と診断された母の闘病記録。
たまに息子たちのネタもあるかも。

享年76

本日10時48分に母が亡くなりました

今日は50回目の結婚記念日でした


入院した1月頃には、まさか3月に突入できるなんて思っていなかったので、結婚記念日を迎えることを想像していませんでした。

でも、母も家族も段々欲が出てきて、孫の大学受験まで、公式戦まで、合格発表まで、卒業式まで、と目標を先へ先へと設定していました。


昨夜父は病室に泊まったそうです。そして何事もなく朝になり、8時ごろ一度自宅に帰ってから自営の職場に出勤。ほどなくして病院から連絡。病院到着後に医師による死亡確認がありました。


2018年1月に病名が分かり、すぐに治療スタート。新薬や新治療にも果敢にチャレンジし、めでたく寛解。その後再発してしまいましたが、年齢の割にたくさんのチャンスに恵まれていたと思います。



母は海洋葬を望んでいました。父もその時がきたら海洋葬にするそうです。

50年前の今日、結婚式を挙げたハワイの海までふたりで流れていきたいと言っていました。

残された父をみんなで見守っていきたいと思います。



骨髄腫セミナーが開催されるそうです。
このイベントを知ったのが1月ごろ。それから母の体調の悪化、入院がありました。
セミナーがある3月16日なんて、到底生きていられないと思っていたけど。
母は多発性骨髄腫患者の会への寄付を望んでいるので、多額ではありませんが、セミナーに参加して寄付してこようと思います。あと12日。母に報告できるかな。


以下サイトより引用


骨髄腫セミナーは、骨髄腫患者の会が年に一度開催する全国大会、6年ぶりの開催です。骨髄腫がどんな病気か、骨髄腫にはどのような治療法があるのか、骨髄腫とうまくつきあっていくためのコツ等を勉強しましょう。
 病気を知るのは少し怖いかもしれませんが、知識が希望につながるよう、みなさんが笑顔になられるよう、丁寧に準備をしてご参加をお待ちしています。 

骨髄腫セミナー2025実行委員会

■講師: 
日本赤十字社医療センター・・・・・・・・石田 禎夫先生
獨協医科大学埼玉医療センター・・・・・・田村 秀人先生
山形大学医学部附属病院・・・・・・・・・伊藤 巧 先生
秋田大学医学部附属病院・・・・・・・・・小林 敬宏先生
北里大学病院・・・・・・・・・・・・・・堀米 佑一先生

■スケジュール:
13:00  開場
13:30  はじまりのご挨拶
13:30~ 
    骨髄腫ってどんな病気?
    骨髄腫の治療
    骨髄腫Q&A
16:30  おひらきのご挨拶
        ※詳細予定は変更される可能性があります。

■参加費 : 無料

■申し込み: 事前のお申し込みは必要ありません。当日、直接会場へお越しください


3月に入りました。1月29日に入院したときは、2月13日の長男の最初の合格発表までもたないと思っていました。すべての受験結果が出て、どうにか大学生になれると報告できました。


昨日いつものようにお見舞いに行ったら、なんと病室が変わっていました。いきなりでびっくりですが、こんなものなのでしょうか。

病室の前の名札は隠されているので毎回確認せず、当たり前のように入室。すでに新しい方が入っていたため、大変失礼なことをしてしまいました。

慌ててその病室から出たら看護師さんが立っていて、「◯◯さんですよね?こっちです」と。さっきからそこにいたんだから、先に言ってくださーい。


母は病室が変わったことにほぼ気付かず。

後から父に聞くと、昼に病院から電話があり「今の病室は重症患者しか入れません!移動してください!」と高圧的に言われたらしいです。ただ、また連絡すると言われたので、連絡待ちでした。

病院も忙しいし、あるあるなのかな。


それより気になることは、お水を取ってくれないことと、痛み止めをすんなり出してくれないこと。

今もどこか折れているのか、腰辺りが痛くて痛くて身動き取れない状態。

なぜかいつもペットボトルが遠くの棚に置かれてしまい、頼んでも「水はありませんよ」とか「食事の時間に言ってください」とかで断られてしまう。なぜなんだろう。

また、痛みの強さを聞かれて「10」と答えても、「そんな痛そうには見えないですけどねっ」と言われてしまう。


残りわずかのお母さんの命。

何度も死を覚悟してきたから、別れるのが淋しいとかはもうあまりない。ただ、普通に過ごさせてもらえたらと。

お見舞いに行く度に、看護師さんに強く引っ張られたことやきつく言われたことを聞かされます。

これが嫌なら自宅で看取ればいいという結論なのかな。

他の病院での入院時には聞いたことのないことばかりで、他の施設に移動するか打診したけど、母はあと少しだからこのままでいいと。

自宅での介護、尊敬しかありません。

その立場になって初めていろいろ知り、感じます。