「あれが、|泰麒《たいき》か?」 景麒は振り返る。じゃが、戴にはまだ正当な王がおられる。 もはや泰麒は世界に敵するものであり、憎悪される対象だったが、汕子はそれをも理解できなかった。とはいえ、王宮の中におられる主上に対し危害を加えるのは至難の|業《わざ》、ですが主上を王宮から出すことができ、戦地のような混乱した場所に連れ出すことができれば、またとない機会が生まれることになります。単純に対応に困って保護を求めてきたのを、俺たちが取り込み、景麒だけでも偽王の手から取り戻す必要がある、と言って説得した。愚王の場合だっていずれは天が玉座を取り上げてくれる。gucci財布
やってきたのが海客であり、|山客《さんきゃく》だ。文字通り炎がいきなり勢いを増したように|膨《ふく》れ上がり、濃く|凝《こご》った。確かに李斎らはまだ驍宗と繋がっている。 尚隆でさえ、その姿を見るのは初めてだった。杜真が声を上げる間もあらばこそ、女は周囲の兵卒を突き倒し、禁門に向かって疾走し始めたのだった。 皮肉なことに、彼の影が|穢《けが》れていけばいくほど、汕子たちは呼吸が楽になっていくのだった。あるいはそれは、汕子たちが汚れから力を吸い上げているせいなのかもしれず、さもなければ、汕子らを|覆《おお》った殻が次第に薄く|脆《もろ》くなってきていることの|証《あかし》なのかもしれなかった。そう思わないか?」 李斎の声は弾んでいたかもしれない。──そう、確かにこんな庇護でも、ないよりはましだろう。
「気分でも悪いのか? ……だったら」 いいえ、と李斎は首を振った。天官の中で、宮中|内宮《ないぐう》を司る長。「陽子は人を使うのが達者なんだと思うぜ。明晰だが優しく、恐がりに見えるほど慎重だった。足が止まる。この気分に比べれば、|石案《つくえ》に降りた霜などは冷たいうちに入らない。来ることしかできないんだ。こっちで成長が止まった時に胎殻のほうも歳を取るのをやめたみたいだな。驍宗の麾下だった者たちは、長い間、驍宗の側近くに仕え、驍宗の|為人《ひととなり》も考え方もよく分かっている。忘れていたのか、|蓋《ふた》していたのか──それが|泰麒《たいき》のことを聞いてからというもの、少し揺れている。私以外の者も、詳細を問いただすことができたのかどうか。それをすれば、それでなくても|儚《はかな》い泰麒の気力を食い尽くすことになるだろう。自分たちがただ狼狽していた間に、行うべきを行っていた将軍、国は非常時にあり、文官よりも武官が指導者になることが望ましい。「……寄せ集めの王朝だな」 陽子がそこで茶を|淹《い》れながら|呟《つぶや》くと、桓たいはきょとんとする。周囲が報いてくれるかどうかは、本人次第です。
「|傲濫《ごうらん》が妖魔の性を取り戻していることといい、|汕子《さんし》の気配が荒れていることといい、泰麒の周辺で良くないことが起こってるな」 六太の声に、景麒は呆然と頷いた。 泰麒に危害を加えようとする者を、汕子は排除した。|麾兵《ぶか》の将軍が二名で二軍、そうでない者が二名で二軍。 自分に何ができるかは、分からないけれども。 驍宗と轍囲は真義によって結ばれている。負傷した官吏は勿論、|奄《げなん》|奚《げじょ》を加療するための場所が必要ではないだろうか。花影の言い分は不当ではない。もう一方の「使者」は黙って少女の背後に控えていた。廉麟は十八ばかりの明朗な雰囲気を持った人物だった。景麒は州庁での執務中に呼び出されてたから、そこへ戻らなければならない。その下方で月の影は細り、元の形を取り戻すと、再び波にその形を砕かれた。ですが、そうでないのなら、それはったい何なのですか? 黄海で死んでいった者たちは、何のために死んだのです?」 これはいったいどういうことなのだろう──と、陽子は考え込んだ。「急げ。ここで何よりも問題にせねばならないのは、|土匪《どひ》ではなく民だろう。台輔がおられ──あるいは台輔が|身罷《みまか》られたのであれば、現在の有様はちっとも不自然ではありません。