流産した後の話です
出血がおさまるまでは休んだ気がしますが
回復してからはすぐに復帰しました
仕事が忙しいのは変わらず
ストレスフルな職場環境は変わらず
めまいの薬と吐き気止めと胃薬だったかな
何種類の薬を処方されたか忘れましたけど
8錠の薬を飲んでいたことを覚えています
苦情電話で怒鳴られる日が続くと
対人恐怖症のような症状も出てきました
外に出ようとすると身体が震えるのです
仕事が辛いなら休んでもいいんじゃないか
辞めてもいいんじゃないか
公さんに宥められながらも
仕事を辞める訳にも休むわけにもいかないので
頑張って出勤していました
この頃は公さんの家に寄ったときに
精神的に支えてもらっていたような気がします
どこかの連休で
公さんの実家に挨拶に行くことになりました
はるばる飛行機に乗って南の州まで
私は結婚相手として紹介されると思ってました
公さんのご両親には快く歓迎されました
お買い物に出かけたり
美味しいものを食べさせていただいたり
気を遣っていただいたと思います
私は付き合っている彼女として紹介され
それ以上の話は特にありませんでした
公さんのご家族との初顔合わせですので
私からしゃしゃり出るようにして
結婚の話をふるわけにはいきません
じっと彼が話すのを待ってました
でも、結局
結婚の話は出てきませんでした
私はなんのために彼の実家まで行ったのか
私は何しに遠路はるばる行ったのか
東京に戻ってきてから公さんに質問しました
公さんはご両親に話したというのですが
結婚するのは大学を出てからにしなさい
そう言われたというのです
私の知らないところで
大事な話をしていて
私が知らないうちに
その話は終わっていたということ?
じゃあ、私は何のために行ったの?
遠路はるばる何しに行ったの?
私は同じ質問を繰り返しましたが
公さんは私の質問には答えてくれませんでした
公さんは27歳
親の言いなりになるような歳じゃない
もうすぐ28歳になるという女性が
ご両親に挨拶をしに行ったんですよ
もう丸6年付き合って
7年目に入ってました
結婚相手として紹介してくれると思ってました
でも
単なるお客様の扱いで終わりました
確かに、まだ学生として
親のすねをかじっている身であって
一人立ちできているとは言えません
学生のうちは結婚はまだ早いというなら
今の段階で私が行く必要はなかったよね?
何しに私は行ったんだろうね?
私には何も相談することもなく
私に対してなんら説明することもなく
大事な話は
いつも私を無視して進んでいく
私の思いは?
私の気持ちは?
私の願いはどうでもいいことですか?
私の存在って一体なんなんですか?
あまりに自分の存在が空虚なものに感じて
この日を境に
私は公さんのところに行かなくなりました
行きたいと思えなくなりました
忙しいのは変わらないので
仕事に没頭することで気が紛れました
皮肉なものです
仕事に拘束される時間が
何もかも忘れられる時間になりました
公さんは別れたとは思っていません
私は別れの言葉を告げていませんからね
いつものように
少し距離ができたとしても
そのうちに戻ってくると思っていたのだと思います
別れ話はそれまでも何度か出ていて
私が別れると言って騒いでは
しばらくしたら公さんのところに帰ってましたからね
公さんの実家に挨拶に行った時の一件で
私が別れを決意するほどショックを受けたとは
思っていなかったのでしょうね