やっと、 すこし落ち着くことが出来ました。
心配をしてメールをくれた方 コメントをくれた方 プチメをくれた方
たくさんいます。 本当にありがとうございました。 とてもうれしかった。
地震直後からほぼ24時間、停電でした。
業務時間までは勤務と言われたので、帰宅できたのは17時半くらい。
帰宅した時にはすでに薄暗かったので、急いで部屋から電池式充電器を探して。
毛布を抱えて、みんなで茶の間に集まりました。
我が家には電気を使わない暖房機器が一切なく、
ガスは出たので、家族全員でお湯を沸かしてインスタント食品を食べて
カイロと毛布で一夜を過ごしました。私は湯たんぽで暖をとって。
夜がこんなに暗いなんて。 こんなに寒いなんて。
そしてなにより 夜がこんなに長いなんて知らなかった。
少しでも情報が欲しくてワンセグで映像を見たけれど、電波も悪くて。
それに携帯の電池にも限界があり、1時間ちょっとでアウト。
家族全員の携帯電話が一気に使えなくなると困るのでその後はラジオに切り替え。
でもラジオだけでは情報が少なくてもどかしかった。欲しい情報がなかなかなかった。
翌日午後にやっと通電して テレビをちゃんと見て
何度も行った場所で 割れたガラスが散乱してたり 泣き崩れる人がいたり
友達の住んでいる町が 津波に呑みこまれていく映像を見て 絶句。。。
もう 途中から 直視できなかった。 現実だと受け入れることが出来なかった。
刻一刻と増える死傷者数。 数百・数千の文字はただの数字じゃない。
すべて命の数。 みんな普通に暮らしていて 大事な人がいた 人間の数。
その数の中に、友達が 親戚が いるかもしれない。
なのに 何もできない 自分の無力さが腹立たしかった。
一日で電気が復旧して
普通に暖房がついて 水が飲めて ご飯が食べられて
そんな暮らしをしていることに罪悪感を感じて。
被災者の皆様はそれさえ出来なくて、
しかもいつ復旧するのかもわからない不安と寒さの中で暮らしてるのに・・・
地震の少し前に『また来月会おうね!』
って話していた 仙台の同期の無事さえわからない。
いつもお世話になっている 先輩たちの無事を知ることもできない。
みんなは無事か 調べて もどかしくて 涙が止まらなくて。
でも、ツイッターやネット、ニュースをみて、これじゃ駄目だって気がついた。
自分が出来ることは悲しむことじゃない。私が泣いたって何も変わらない。
まずは自分が出来ることをちゃんとしようと思います。
節電。そして時期をずらして献血。
あとは、いつ業務支援が来てもいいように、明日からしっかり働くこと。
自分が出来ることは少ないけど きっと何もできないわけじゃない。
前向きに。上向きに。
連絡が取れなかった親族・友人とも、少しずつ安否確認が出来つつあります。
まだ安否がわからない人たちも きっと無事だと信じています。
頑張ろう。出来るだけのことをしよう。
きっと みんなが復活できる。 そう祈ってます。祈ります。
これ以上大きな余震がありませんように。
少しでも早くライフラインが復旧しますように。
救出作業がどんどん進んで、多くの命が救われますように。
福島原発も これ以上の事故が起きませんように。
乱文・長文 大変失礼いたしました。申し訳ありません。
青森に戻ってこれていない上司・同僚がいる可能性が高いです。
明日は早めに会社に行って その人たちの分までしっかり働いてきます。