
(書くとさすがに失礼かなとおもって三回ほどは憚っておったのだけれども)
踊りの見物の際に改めて見てやっぱりそうだよねと思い直した所もあるので書いてみることにする。
○潟○報の新社屋。即ちこの建物を思想的に解釈すなれば
橋(萬代橋)を隔てて旧市街(古町)の方から見ると(すなはち伝統的な見地から
該当する建物を眺むると)その右側がものの見事に「土台にいくにしたがって」欠けていって
いるのが一目瞭然なのである。
まさにバランスを欠いていて、左がかった新○日○の報道姿勢を建物から体現しているな
と関心している次第である。
北前船を模しているとかなんとか言っているらしいけれど、隠そうとは思っていても
この現実世界においてはその思想までもが社屋にまで反映してしまうのだから驚きだ。