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carinaさんのブログです。


震災後被災地の惨状をTVなどで見聞きしていて
おしゃれしたい
洗練された都会を颯爽と闊歩するファッションをしたい
という気持ちが薄れてしまったのだそうです。


carinaさんは感受性が鋭いから
おしゃれな生活をする人に
自分の生活を自慢する為にする行為の
ある種の欺瞞性やいやらしさを見抜き
そういう緊張を強いる生活より
普通のこだわらない生活のほうがいいじゃんってお話なんです。


まず言いますと私も同じ様に
震災後感じた人間です。


つまり根っこからおしゃれが身についている人間じゃありません。


ライフスタイルを自慢する人を嫌味にかんじるとしたら
それがその人の身に着いたものじゃないから

嘘っぽさがあるんだと思います。


つまり他人受け狙いの目線なんです。


たとえばお金持ちでロココ調に贅をこらした家があるとします。
それなのに普段自分が落ち着く茶の間は6畳神棚付だったりしますよね。

これは本来の自己はその茶の間生活で、ほかは他者への場で自分が
落ち着く場ではないんです。


見てないけど岡本太郎の居間
イフサンローランの住居
自己が好むものの結晶だから欺瞞は感じないと思います。


本当におしゃれが好き、
って人が居るのを見聞きしたことは何度もあります。


戦争時モンペしかはいちゃいけないってお達しが出ても
こっそりどこかおしゃれしてこっぴどく叱られた女性たち


アフリカで貧しい人たちでも配色を考え、
着方を工夫してとておしゃれに見えた人が居て
”どこの人でもおしゃれな人はいるんですね”ってレポーターが
感心していたのを聞いたりして

自分がおしゃれしたい、素敵になりたいって気持ちが
強いんだなそれだから訴えるんだって感じました。


カラーコーディネートの診断など受けるとしますね
そうすると自分の好みと似あうと人が感じる色や形テイスト
が違う場合もあります。


ピンクハウスのふりふりが大好きという人が
シンプルスタイルが似合うとして
それに全とっかえしたとして、その人楽しいと思えるでしょうか?


ファッションはそれだからいろいろ新しい知識から取捨選択して
自分の落とし所を考えてよい具合になっていくんでしょうが
(それを洗練って言うのかな)


身につかせたいとしたら
その人が心から受け入れられるものじゃないと弱いです。


他者の視点を気にして人にどう見られるか考えて
選ぶファッションは自己がありませんから
震災とか大きな心の振幅であっけなく興味が薄れてしまいます。


人形ではありませんから、
その服を着て心がうきうきする、楽しいと感じこんな洋服が着たいって
そう思えるようなレベルまで持ってきてくれなくちゃあだめですよ。


自分がおしゃれしたい楽しみたいと
持って生まれたレベルで好きな人はどんな時でも
やっぱりおしゃれしちゃう。
それがその人の生き方だから・・・・・・


こだわりを持つということ
自分がこうしたいて思うことがある、
このことをこだわりというならこだわりは必要です。


人から言われること、
人のことを思うこと
そういう他者を気にする考えは、
自分はどうなのか?
自分はどうしたいのか?
という視線が抜けているから根っこがなく
ふわふわしています。


いやですね~、これ私ですね。


carinaさんのこだわりの(笑)農家さん
ライフスタイルにはこだわらないけど梅にはこだわっている訳で
こだわる場所が違うだけでこだわっているんです。

こだわらないことが良いわけじゃないです。
どこでもよいからこだわったり自分の感情を大切にすることが
楽しく生きるコツかなあとも思うんです。