先のトイレの雑誌で、
人生案内が載っていました。
そうそう雑誌は"クロワッサンプレミアム”2010。11月号です。
相談は、友人は沢山居るけど
何でも話せる親友が居ない50歳独身女性のものです。
回答者は平安寿子(たいらあすこ)サンと言う作家。
私はこの方を知りませんでしたが、
こちらの回答を読んですっかり気に入ってしまい
アマゾンで早速本2冊購入してしまいました。
それで、回答なのですが、
友達は作るものではない。
親友も恋人と同じで、
意識して作ったり見つけられるものではありません。
相手の人間性を信じられて初めて心を打ち明けられたり
助け合ったりできるのです。
”協調性”とは
表面を他人に合わせることで内面の自分を守る
最強のテクニックだと思います。
社交的な人ほど、実は他人に対して用心深く構えているものです。
50歳になるまで一人で生きてきたのは
それが自分を他人に侵食されない
一番心地よい生き方だったからです。
”親友”は一人で生きる上の保険ではありません。
用心深く他人を排除して生きてきた人間が
いきなり”どんな時も助け合える”関係を作ろうとしても
無理です。
老いと死に立ち向かうのは
誰にとっても一人だけの戦いです。
保険の為の友人より
老いに立ち向かう時間を充実させるものは何か
考えて見てください。
趣味でも、気晴らしでも無心になってやれる事を探していれば
そこに”一人でしか生きられない”同類が居て
共感を得ることも有るでしょう。
でもそれは副産物です。
他人に何かを期待しちゃあいけません。
最後まで一人で生きましょう。
誰にとっても最良の親友は自分自身なのですから。
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この作家の人生観が伺える
力強い言葉だと思います。
煎じ詰めれば
伴侶が居ても親友が居ても
一人で生きて一人で死んでいく事は
だれでも受け入れざるを得ない試練です。
本当に自立した生き方とは
こういう生き方なのかもしれませんね。
しかし人間老い先どうなるか、不明瞭です。
頭がぼけてくる可能性も有るし
身体も動かなくなる
その時絶対誰かの手助けが必要となってきます。
そういう弧族の為に身元保証を支援する
NPO団体が増えてきているそうです。
これさえ費用が掛かりますから
低所得者は身元保証すらしてもらえず
無縁のままこの世を去る事になるそうです。
家族と言う幻想が崩壊して、
社会は急激に個別化し老齢化しています。
情を受け入れず、自分自身が頼りとなると、
そうした時頼れるのはお金になってしまいます。
それも現実なのかもしれないけど
なにかもう少しぬくもりのある救いのようなものが
有るといいのにな。。。。