父が亡くなってから10日間
告別式、そして諸々の手続きで
実家に滞在してました




父親っ子だった私は
改めて親孝行したかった
母親だけなんて嫌と
亡くなった当日まで
本気で思っていた




つもりでした





妹は両親思いで
子供の頃から
親孝行しているようにみえた
親から感謝されているようにみえた





私は
母からのダメ出しを
酷く敏感に受け取り
高校受験を失敗した時は
ピークでした




何やってんのよ!!
と激しく言われました



それからというもの
失敗する人生が
恐怖でしかなかったし
失敗したことを
簡単に言いたくない

もしくは
自分を下げて人に話せば
傷付く度合いを減らせるだろう
誰かに同調してもらいたい
そんなことを無意識に
していました





どんだけ自分を
安売りしてたんだろう




とにかく全てにおいて
マイナスの角度から
受け取る習慣が
ついてしまっていました





今思えば
母は極度の心配性でした
だから
ついつい口うるさく言う
母なりの愛情だったのだと





父がいなくなって
二人で一緒の時間を過ごすうちに
そんな母の生き方を
絶対許さないと思っていた母を
自然に受け入れるように
なっていました




気の進まない高校進学から
とにかく拗ねていました
どうせ分かってくれない
この思考が30年強
こびりついていました
今となれば恐怖としか思えない





実家で母と過ごして
色々な手続きを進めていく中で
星乃珈琲さんでティータイム





他愛のない会話
これからのこと




色々話しました




嬉しくて
涙が溢れてきました




そして
とても愛おしくなった




あー
私はこうやって
母と二人だけの時間を
ずーっと欲しかったんだ、と




いい年して恥ずかしいですが
3歳下の妹が産まれてから
幼心にずーーーっと
妹ばかり可愛がる母と妹に
嫉妬していたんですね私




認めたくなかったけど
私の前で妹を褒める母を
私のことは可愛くないんだねむかっ
勝手に勘違いしていました





頑張ってるんだから
もっと私のことも褒めて!!





心の深いところで
ずーーっと叫んでいたのでしょう





それがわかったら
母を一人の人間として
母親とはこうあるべきという
期待を捨てて
付き合っていこうと決めました




今までは何だかんだと
母に認めてもらいたくて
依存していたのだと思います





今回母とゆっくり過ごしたことで
長年求めていた承認欲求も
雪解けするかのように
溶けてかたちがなくなり
どうでもよくなった





まだまだ時間が掛かると思うけど
少しずつ母との溝を埋めていこう




これからが
親孝行の本番だ




受動的ではなく
心の奥から込み上げてくる
能動的な気持ちなのです




父が亡くなったことは
悲しみだけしかないのだけど
母との関係が緩んできたこと
これは父からの
ギフトの一つだったのかもしれない
そんな風に思っています




長文をお読みいただき
ありがとうございましたドキドキ