9月末から闘病が始まり2か月半
大好きな母が亡くなった。
実家の近くの職場に変わり、
いつも近くに居ることができたし、
病院の付き添いや介助ができた。
後悔はない。
強くて優しい、ちょっと変なとこに拘りが
あったりしたけど、
家族のことをいつも一番に考えて、
自分のことはいつも後回し、
いつも我慢というか我慢ではなくて
自然とそうしたいのかそうしてしまう…
自分が贅沢するわけでなく、
お金をプールしておいて、
誰かが困っていたらそっと手を差しのべる
そんな人でだった。
節約できるところは、節約。昭和の女性。
お米をといだお水を貯めてお庭のお花に撒いたり。お洗濯を少し前までたらいで洗ったり…
未だにそんなことする人がいるのか??
いたら教えて欲しい!
いくらそれはやめて欲しいと言っても聞かず、、
趣味のようになっていた。
乾燥付きの大きな洗濯機があるのに、
ほぼほぼ使っているのは脱水のみ。ありえない。
大きなマットとなると、脚で踏み踏みして洗い上げる!!
洗濯の話が長くなった〜
ちょっと変わったところは、まだまだある。
よくよく思い出すと、面白い!
いつも元気で、笑ってる。
大きな元気な声で喋ってる。
そのせいか、目尻には笑いじわ😆だらけ
そして、マストで美味しい料理は、五目ごはん。
田舎の質素なご飯。お彼岸にはおはぎ、などなど
昔は朝からラジオの英会話を聴いていたり
合唱をやってみたり
オカリナをやってみたり
手芸が得意で、
ポーチやバッグ、布草履、洋服を作り、
メルカリやミンネで販売していた。
どんどん新しいことにチャレンジしている母は
いつも頼もしかった。
そんな母が、最後に病院で息が苦しくて
どうして迎えに来てくれないんだろう
「お願いだから、息を止めてくれ」と私に頼んだ。
「それは、できないよ」と伝えた時の残念そうな、
悔しそうな顔は忘れられない。
それから、数時間苦しんで息を引きとった。
もっと楽に…苦しむことなく…どんなに願ったか
祖父母や父の死も見送ったけれど、
死ぬことの難しさ、大変さ、
そして生きていくことの大変さ
度あるごとに、肌で感じながら、自分自身の死に
向き合うこととなった時に、どう最後を過ごすか
過ごせるか、考えさせられる。
それまで、精一杯悔いのないよう生きることが
母を心配させないことだと思う。
天国で皆んなちゃんとやってるな。
と、落ち着いて見守ることができる生き方を
していこうと思う。