こんにちは、インディビジュアルデザイナーのAkkoですニコニコ

 

「語学学習って難しい…」

「子育って難しい」

このようなお言葉をしょっちゅう聞きます。

 

びっくりマーク

 

そんなの当たり前じゃん笑い泣き

 

語学学習も子育てもスポーツ習得もよく似ている。

 

どれも全て、自分の今持ってる価値観や能力の外に出ること。

 

例えばね、英語。

ネイティブでない限り、直感に頼るには限界がある。

私は直感が効くタイプだからよくわかるんだけど

コミュニケーションは、ある程度どうにでもなっちゃう。

だって、コミュニケーション自体が心と心の触れ合いじゃん。

だから、最悪言葉なんてなくても成り立つ。

(言葉使ってるようで使ってない…)

その証拠に、日本語同士でも全く話が通じない人いるでしょ汗うさぎ

このコミュニケーション取れることを「英会話」と呼ぶのであれば

結構センスでイケる。

 

でも、実は英語わかってないやん!って痛感するのは

字幕で映画やドラマを見る時、本を読む時

全く意味がわからない…

そう、構造が理解できないから、何となくで理解するのは不可能!

だから、やっぱり文法知識って必要なのよね。

文法がわかってないと全く別の意味で捉えて話がわからない。

 

で、この時のマインド的なポイントがある。

 

難しい!って言葉に出さないこと。

 

だって、これはめっちゃ当たり前だから。

他の世界の言葉なんだから、難しいのは当然。

わからなくて当然。

それは、理解する能力が低いのではなく

全く別次元の日本語とは全く異なるものだから

理解できないのが前提。

 

前提であることは、口に出さない。

(っていうか、前提とは口に出ないもの。

例えば、私は猿ではないとか、私は5歳ではない、とか

言わなくてわかることは人は言いません)

これが上手くやっていくための強みになりますうさぎのぬいぐるみ

 

ある意味さ、難しいと声に出ちゃうのは

難しいものだという前提が自分の中にないからなんだよね。

 

子育ても同じ。

 

自分が産んだ子だし、似た部分あるし

きっと私は上手く子育てできる、楽勝!

っていう前提があるの。無意識で。

 

だから、こどもが言うこと聞かなかったり

何か問題が起こると

こんなはずじゃないぞ私の子育て、難しい…と感じる。

 

でもさ、子育てなんて超絶難しいんだよ!

だって、全く自分とは別の人間を育てるんだよ。

植物育てるのとは訳が違う。

意思もあるし、行動もする。

自分の価値観や嗜好が違うんだよ。

 

それに、その子を育てるって前例がないじゃん。

何人産んでも、全員初めて育てるじゃん。

第一子と第三子の我が子は、育てるの二回目です、

とか絶対にないじゃん笑い泣き

必ず初めて育てるじゃん、第何子だって。

 

だから、お兄ちゃんはこうだったのに

下の子はなぜ…みたいな公式は当てはまる訳ない。

ここで悩むのは時間の無駄よあせる

 

同じく、自分の時はこうだった、も

別の人の人生には使えない。

全く別人の人生なんだから、誰に当てはめることもできない。

だから難しいのは当たり前。

 

語学も、子育ても、スポーツも

みんなちゃんと納得いくまでやろうとすると

莫大な時間とエネルギーが必要。

やってるつもり、では納得いく結果にならない。

失敗を繰り返して初めて成長する。

 

「いいお母さん」を目指す必要はない。

だって、いいお母さんかどうかはこどもが決めることだし

それはだいぶ後にくっついてくる結果でしかない。

「いい野球選手」を大谷くんは目指してないと思う。

「いいスケーター」を羽生くんは目指してないと思う。

ご本人がどう感じるかではなく

いい選手・いいスケーターであるかどうかは

こちら側ファンなど見る側の評価でしかない。

そんなの気にしてやってないと思う。

むしろ気にしてやってたら、いい選手にはなれなかったと思う。

 

だから、子育ても同じ。

いいお母さんになろうとすると、上手くいかない。

 

何が起きても、自分とは違う人間だからか、

まぁ、いっか、そうくるのか、って

そのくらいに肩の力を抜くと

いろんなことが見えてくるよ。

 

難しいは当たり前!

ね、気が楽になってきたでしょアップアップ

 

では、またねちゅー花