どうも、小林あっこです。

 

昨日・今日と書いているこれらの記事と

少しかぶるお話なんだけど、

今日は共感について^^

 

 

 

■【HSPさんに表現をおすすめする理由①】多分ずっとさびしかったんだ。■

 

 

■【HSPさんに表現をおすすめする理由②】心の中のぽっかり空いた穴が埋まるよ。■

 

 

 

 

HSPは共感性・共感力が高いとされています。

 

それは、

確かに!

って思う。思うよ。

 

 

 

けど、、、

共感って

 

ほんとは

私たちこそほしくない?

 

 

 

 

 

 

周りの人たちと感性が違うということで

何がしんどいって、

 

分かってもらえないということ。

 

これがしんどい。

 

 

誰かと分かち合いたい思いや感情を

誰とも共有できないということ、

これが本当にしんどい。

 


 

 

共感って、

してもらえると

すごく気持ちいい。

すごく心地いい。

 

 

うれしい気持ちも

ネガティブな感情も

そう感じていいと

受け止めてもらえたような気がして

そう許されたような気がして

すごくホッとできる。

 

 

この共感

分かってほしいという言葉で

ひとまとめにしちゃうと

 

なんか

自分本位とか自己中とか我とか

まるで構ってちゃんとか、

そんな風にとれないこともないけど、

 

いやいや、そういう意味ではなく。

 

 

 

私たちがほしい共感は

感情の共有だ。

 

 

いやなことがあったときの

そのいやな気持とか、


うれしいことがあったときの

そのうれしい気持ちとか、


何か本や映画を見たときに感じた気持ちとか、
そういう感情の共有。

 

分かち合いたい思いや感情を

誰かと共有する、

そういう意味での共感

 

それがほしいだけだ。

 

 

+ + +

 

 

感情を共有できる相手が1人もいないのは
さびしいよね。

 

そして

感性の違いゆえ

それができる相手が
極端に少ないことに

 

なんか絶望というか、

未来に期待できなくなるというか、
そういう気持ちで残りの人生を生きないといけないのか、と思うと

ほんと希望が薄れる、、、というか。


 

そして、

そんな人はいないんだろう、、と

どんどんあきらめていってしまう。

 


いや、1人いたらね、
たった1人でもいてくれたら
それでいいんだけどね、
そのたった1人にさえ

リアルではほんと出会いにくいのよね、、;
 

 



私たちがリアルで出会える人数には
限りがある。
(ま、そう決めつけちゃうのはよくないかもだけどね!)


でも、ネットで発信するなら
リアルとは比較にならない人数に届く、、、可能性がある。
 

 

その中に
ほんの数人でも
おなじ気持ちの人がいてくれたら、、、

十分に穴は埋まる。

埋まるよ。

 

それで十分だと思いません?^^

 

 

ほんの数人くらいは
ほんとに絶対にいるよ!
っていうか、必ずもっといるよ!

 

 

 

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だから、

表現、はじめてみようよ。

今からでも遅くないよ。

 

 

分かってもらえる、

その居心地よさって

 

いい温度の温泉に入っているような、

ただ温かくなれるだけでなく

体調も良くなるような、

(ダサいたとえでゴメンなさい!;)

 

 

とにかく

心地いいし、

また入りたいって思えるし、

なんならもう出たくない、、、

そんなくらいの心地良さだよ^^

 

 

 

表現、はじめてみようよ。

 

何からしたらいいか分からないなら、

日記をつけることからはじめてもいいし

 

関心がふと向いた何かを撮って公開する、

そんなことからはじめてもいい。

 

 

その関心の向いた何かって

みんながみんな同じものではないし、

 

たとえまったく同じ一日を過ごしたって

何に反応するかはみんな違うから、

 

どうってことないように見える行動にも

どうしたってあなたらしさは出てしまう。

 

 

不安なら

最初は鍵アカとかで

全員に公開しなくていいから。

 

発信の手前までのこと、をするだけでも

あなたの感性はもっともっと

育っていくからね。

あなたらしい何かに。

 

 

+ + +

 

 

ちなみに、

私はずっとずっと共感に

飢えてたみたい^^;

 

だから、前の記事

ずっとずっとさびしかったんだ

ってついつい書いてしまったときに

(手が勝手にそう打った)

 

あー、そうかー、そうだったのかぁ。。。;

 

いや、何となくそんな気はしてたけどさ、

そんなどストレートに真正面からきちゃうと

もう納得するしかない、、というか

ちょっと恥ずかしい、、、というか。。。

 

って気持ちになりました^^;

 

 

 

『さびしさ』って

あまり感じたくない感情だから、

渦中にいるときには

認めたくなかったり

あまり正視したくなかったりで、ね。

 

だから、

ちょっとそこから

離れることができたときに、

 

「あぁ、あの時私はさびしかったんだなぁ、、」

 

そう改めて実感できる感情なのかもしれないね。

対岸から眺めるように。

 

 

私もたぶん渦中の時だったら

認めなかったと思うもん。

「違うもん、さびしいわけじゃあないもん」と。

 

ま、意地っ張りですわ。

意地っ張りの負けず嫌いのさびしがりです^^;

 

 

 

 

ではでは、またね^^