今日のお話は
「人にどう思われるかが気になって、思うように行動できずにいる方」に向けて。

特に、「ほんとの希望とは違う無難なものを選んでしまうことの多い方」に向けて、です^^


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ついつい人の目を気にしたり
誰かの反応を気にしちゃって
「本当にしたいこと、ではないこと」を選んでしまうことってあるかもだけどね、

そんなのではいけないよ。


ほんとはAランチを食べたかったのに
他のみんながBランチを頼んでいたから
つい自分も「私もBランチ」って言ってしまったり、とか。


ま、ランチくらいならそれは大したことではないんだけどね、
(明日Bランチを食べたらいいんだしね。仕切り直しはすぐにできる^^)


自分にとってまぁまぁ大事なことまでも人に合わせてしまって、
そしてそういうことをつづけちゃったりしていたら、
ほんと自分でも自分の気持ちが分からなくなったり
「自分を出す」っていうことが分からなくなってくる。



あのね、
無難はダメだよ。ほんとうに。

あなたが本気で好きで選んだものが
一般的には「無難なもの」だった、、、っていうのんなら、
それはぜんぜんいいんだけどね、

そうではなくって、

目立ちたくなかったり
浮きたくなかったり
周りと違っているのがイヤだったり
そこに敏感になりすぎちゃったり、、、
なーーんてことを主軸に選択をしていては
つまらない結果しかやってきてはくれない。

そうして、そんなことを続けているうちに、
「無難」を選ぶことに自然と長けてしまったりで、ね。



無難はいけない。ほんとうに。

「難がない」のはそれはそれでいいことかもしれないけれどもね、
でもさ、ほんとうにそれでいい?

無難を選んで
印象に残らない人になってしまっていたら、
印象に残りたいときにも残れない人になるよ。
印象に残りたい相手にも残れない人になるよ。

それに、
無難っていっても
「あなたにとっての無難」なだけで、
誰かにとってはそれは「難」かもしれない。

そんな、
本心からの選択ではないことで誰かから「難」だと思われるなら、
そうして、それこそがあなたが怖れていることなのだとしたら、
本来の希望とは逆の状態になっているよね。不本意にも。


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目立たないように、、、って思うような観念を
子どものころ(とかね)に作ってしまうきっかけとなるような出来事があったのかもしれないよね。

それも一度ではなく何度もあって。


その結果、

「人から反感を買わないほうがよさそうだ」
「でも、人によって反感うんぬんの判断は違うし、、、
そっか、目立たなければいいんだ。そこにいることが分からないくらいに」
「じゃあ、自分を守るために目立たないようにしよう!」

そう思って無難を選ぶようになったのかもしれないよね。


もしそうなら、
その頃のあなたのこと、
その観念が守ってくれていたんだと思います。


良かったね、守ってもらえて。
良かったね、必要以上に傷つかずに済んで。


でも、その観念が
今のあなたのことも守ってくれているかどうか、、、となると
それはどうかは微妙です。


【ちょこっと脱線】

「観念」っていうのは、思考のクセのようなもの。
そして、そのクセになっている思考自体。
そして、その本人にとっての常識。
自分で作り上げてしまっている常識というか、、、
なので、言い換えるならば「思い込み」って言い方がいちばんしっくりくるかもですね。

たとえるならば、
「いい子にしていなければ愛してもらえない」とか、
こういった思い込みを「観念」といいます。

ちなみに、これ、違うよね。
いい子じゃなくても愛されるよ。
でも、その時はそう信じてしまっていた、ってこと。

そして、その考えを大人になっても大事に大事に持ち続けている、、、それがよろしくない。
アップデートしなくっちゃ。
アップデートしてあげようよ。


子どものころに履いていた大好きな靴があるとして、ね。

それ、
どんなにどんなに大好きだったとしても
大人になってからも履きつづけることはできないよね。
(入らないからね!;)


それって、、、
靴が悪いのかな?
それともあなたが悪いのかな?


違うよね、だーれもなんにも悪くない。


子どものころには履けたけど
今はもう履くことができない。
なぜなら、もうサイズが合わないから。

ただそれだけの理由。



・・・と、それとおんなじ。

思考のクセも
心のクセも
いま大事にすべき観念も
考え方も、
子どもの頃のものをそっくりそのまま使い続けられる、、、、とは限らなくって、
合わないものも出てくるんだ。

それが成長。



だからさ、
もしあなたの観念のなかに
「無難でいるほうがいい」っていうのんがあるならば、
もうそんなのは今すぐ捨ててしまおうよ。

や、すぐに捨てることはできないかもだけどね、
(だってそれは一時確かに大事なものだったんだものね)

何か選択や決断をするときに
「“無難”を選ぼうとしてはいないだろうか」
まずはそのことを意識するようにしてみてほしいな。


+ + +


無難はやめよう。

「無難でいること」が
あなたのこれまでの人生のいつかのタイミングでは
あなたを守ってくれたのかもしれないけれども、

あなたがあなたらしく生きたいのであれば
その「無難さ」はこれからのあなたの足を引っ張るだけだよ。


そんなジャマを許していてはいけない。
あなたのこれからのためにも。


変わりたいなら、
これからを変えてゆきたいなら、
そして、これまで無意識に“無難”を選んできていたならば、
どうかこれからは“無難”に隠れようとするそのパターンから
まずは見直してみてね。

もっとまえにすすむためにも。