とあるうつ病者の闘病葛藤記録
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「前前職」から「前職」そして「今」のお話 【カウンセリング開始から今編】

前記事から少し日付が空いてしまいました煽り

実はブログに書こうと思って色々整理して書いていたメモをなくしてしまって・・・

 

まぁ私にとって無くしもの、忘れ物、物忘れは今にはじまったことではないので慣れてるんですけど、さすがに気力を奪われました。w

なくした上に何を書こうと思っていたかも覚えていないので思い出したことを書いていこうと思います。

 

カウンセリングが始まったのが2019年の1月です。

前記事に書いた【他者との分離】【自分と言う者の確立】これが長い間全くできずに

それはそれは長い戦いになりました。

(といっても体感的に長かっただけで2年程でなんとなくですができるようにはなっていますけどねあせる

でも当時は、いや今もですかね

何事もやり始めは上手くいかず、

真っ暗な所で手探りの状態で自分と向き合いながら、

時には自分がわからなくなったり、

自分を蔑ろにして進めてしまったり・・・

体調を崩してそして少し回復したところで、

そこからまた真っ暗な所に戻り手探りで何かを探す。

そりゃ長くも感じますよね。

正解なんてなくて人それぞれのやり方がありますから。

自分にあった対処や考え方が私の正解ですから。

自分語りのようになってしまいましたデレデレ

話を戻すと、2019年1月から2020年の8月までは課題は変わらずとにかく分離と確立を一生懸命やりました。

 

そして2020年の8月頃ですかね。

テレビでテストでは診断がでない発達障害グレーゾーンの方達の事を放送してたんですよ。

実は私28歳の時WAIS-Ⅲのテストを受けていまして、

結果としては【IQが全体的に低いが、差がないため発達障害ではない】とでてました。

ですがなんとなくしっくりこなかったんです。

でもテストで違うと出たので

「まぁそうなんだろう」

「いろいろな面で個性的なだけなんだろう」

と思うことにしていました。

 

でもテレビでそういう方達がいて、困り事が多いと言っていたのを見て。

次の診療日に先生に「私は定型発達ですか?」と聞いてみたんですよ。

そしたら

「テストでは出なかったけど・・・

【定型発達ではない】

と言われました。

すごく言い表せない嬉しさがありました。

ようやっと自分の一部が掴めた気がして。

 

そこからはもう一心不乱に勉強&自分自信を見つめ直しました。

発達障害の本を色々購入し(鬱関係の本はもうすでに何冊も持っています)、

自分にはどんな癖があるのか、

思い出せる範囲の幼少期の悲惨な日々も思い出し、

なぜそんな思考にいたってしまったのかを書き出していきました。

 

正直鬱もあるのであまりはかどったとは言えませんが、

今の時点でわかっているのは

【ADHDの気質が全体的に強めでASDのこだわりが強い特徴も持ち合わせている】

と言う所ですかね。

そして、尚且つ鬱も発症している。

私にとって鬱は二次障害でした。

 

そんなこんなで体調を崩しながらやっていた勉強ですが、2021年1月にカウンセリングの先生に止められ、

【自分の限界というものを知り、体調を崩さない程度で物事を行うこと】

【自分の休め方】

を一緒に模索しながら今日に至ります。

その課題は今も変わりませんが変わったことが一つあります。

 

今年の10月に入るまでは

 

朝起きて寝るまでいつなんどきでも

頭に靄や霧がかかった状態

 

だったんですが

10月の中旬を過ぎたあたりから

 

朝起きても気分が落ち込んでる日でも

「頭がスッキリ」おねがい

しています。

 

私自身こんな状態初めてですし、

正直こんなに調子が上がった理由はわかりません。

もしかしたら、【他者との分離】や【自分自身の確立】が

ある程度できるようになってきたから回復したのかもしれません。

それからASD特徴のこだわりがある部分を捨てれそうなものは捨て、

自分自身の心をプレッシャー等から解放し、

軽くしてきたのも効果があったのかもしれません。

例えば0か100理論とか。

 

全然まとまっていませんが、とりあえず今回はここまで。

過去に見てくださっていた方たちに私の今のご報告でした。

 

 

 

 

「前前職」から「前職」そして「今」のお話 【退職からカウンセリング開始!編】

こちらは前記事のお仕事を退職した後の事を書いていこうと思います。

前記事はこちら↓

 

あまりにも酷い状態だったせいか、

記憶が曖昧なのですが、

表情は無く

 

思考も停止し

 

ただただ息を吸って吐いて生きているだけの状態でした。

感情も無くなってしまい、よくわからないが突然涙がボロボロとこぼれたり・・・。

悲惨でした。

 

それから少したって思考が戻ってきたとき、

また元に戻ってしまったんだと絶望した事は覚えています。

 

 

休職して1ヶ月がたった頃、精神科の先生の勧めでカウンセリングが始まりました。

その時の私が何を喋ったか覚えてはいませんが、

カウンセリングの先生は、

「心が退化してしまっている」

 

「今のあなたは母親の気分を敏感に感じ取って泣く赤ちゃんのようだ」

 

「自分というものが霧のようになってしまって他者との分離ができていない」

と言われたのを覚えています。

 

確かにお出かけしたり、散歩をしたりしている時の他人のおしゃべりや、

電話の内容、同居家族の状態で私の精神は引っ張られてしまっていました。

 

実際にあった例では、

電話をしている人がいて、その人が電話口で相手に怒鳴っていました。

それを聞いた私は、その人が憑依したかのように

突然怒り出したり

別のパターンでは

自分が怒られているように感じ、

突然落ち込み、悲しくなっていました。

家族が忙しくしているときは、何もする事がないのにもかかわらず、

私もソワソワしていました。

この感じを「自我がまだ発達していない赤ちゃんの様」と私にも理解しやすいように先生は表現されたんだろうなと思っています。

 

まずはそこを鍛錬(といえばいいのかな?)していこうということになりました。

 

自分の自我の確立。

他者との分離。

 

他者との分離は、無意識に他人の感情を憑依(?)させてしまうので、

その都度

 

「それは自分の感情では無いよ。無関係だよ」

 

と言い聞かせてその感情を切り離したうえで、

 

「今あなたは何をしようとしていたんだっけ?」

「今あなたは何をしているんんだっけ?」

 

といった感じで

他人に向いていた矢印?を

(ここが感覚的で言い表せないです)

自分のやろうとしていた事や自分自身にフンッっと向きを変える感覚で切り替えていました。

 

出先でも関係なくこれやってたので、

途端に歩くのやめてその場につっ立って目をつむったり思考し始めたり・・・

周りから見たら異様だったんだろうな(笑)

 

この他者との分離の仕方は結構根気強くやり続けました。

今も時々勝手に他人を憑依させることがあるのでやってます。

まだ完全に分離は出来ていません。

でもある程度コントロールはできるようにはなって楽になりました。

 

一方自我の確立の方は難しく、

最初は自分に問いかけてもなにも返してくれなかったです。

うつになる前から正直ないがしろにしてきました。

自分的にマイナスだと感じた感情が出ればそれを無視して、

その感情を心の隅っこの見えない暗い所に押し込んできました。

 

今更問いかけてもすぐには応えてくれませんよね。

 

最近は喋りかけると少し返ってくるようになりましたが、

聞く内容によります。

「体調が少し良くないな~」と思った時に喋りかけると

「疲れた」

「辛い」

など返ってくるのですが、

「私の好きなこと、今したい事は何?」

という質問には答えは返ってきません。

まだまだ難航しそうです。

 

またまた長くなってしまいました(;´Д`A

これまだカウンセリング入って序盤の出来事なのでまだまだ続きます。

 

 

「前前職」から「前職」そして「今」のお話 【就職から退職編】

2015年11月頃に前ブログにも書きましたが、退職しました。

前職で体調が悪化した原因は

「人間関係」

でしたので、辞めてしまえば元に戻るまではいかないですが、それなりに体調はよくなりました。

1ヶ月後の12月からまた一般事務という形で働き始めました。

 

その職場は地方営業所で事務所が小さく、

事務員は私一人。

現場作業系の会社だったので日中は

事務所に私一人でした。

ですので、前職の1番ネックだった人間関係はほぼ気にせず楽に仕事が出来ていたと思います。

 

ただ、営業所の現場作業員の数が慢性的に足りず、案件が来るたびに本社から毎回派遣してもらう。

それが当たり前のような形態でした。

これ、何が大変ってその方達の宿探し、案件終わりの際のチケット購入が本当にしんどいんです。

 

その方達の本社でのスケジュールは、一営業所の事務員はわからないので、

(そういうシステムが導入できていない中小企業でした)

急に○○さん○日に本社にかえしてくださいだとか、

大型連休に案件が確実にかぶるので早めにチケットを取りたいのに、

現場スケジュールがギリギリまで決まらないとか・・・

そのせいで座席が取れず自由席で帰ってもらうこともしばしば。

わざわざ来てもらって手伝ってもらったのに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

宿も上限金額が設定されていてビジホには泊まらせられないと言われるので、

民宿を利用させていただいていたのですが、

会社の業種的に案件が来る時色んな職種の色んな会社さんが大量にそこに来るので、

民宿も埋まってしまうんですよね。

こちらもチケットの時同様、直前に○人来るだとか、

どういう方がくるのかを言われるので、

もうてんやわんやです。(;´д`)

今思い出してもゾッとするくらい大変でした。(笑)

 

そして現場作業員が足りていないという点でもう一つ、

私に影響が出たのが

 

{事務員にも現場の事務作業が回ってくる}

 

ということです。

 

図面(2D)の作成、測量の数値入力からの図面に反映などなど。

最初こそしんどかったのですが、仕事内容としては慣れてくるととても楽しかったです。

が、月報の締め日前後や、経理の締め日をガン無視して仕事をこちらに振ってくるので本当に困りました。

断るとカドが立ちますからね・・・。

 

こんな感じでもなんとか毎日出社できていたのですが、

ある日営業所にいた副所長さんが昇格になり、

ほかの営業所に移動になってしまうんです。

ここから営業所の色んな連絡(現場の状況も含め)や、

現場で必要な物品購入などの承認を私が本社に掛け合う形になりました。

 

これが多分私にとって今回のお仕事で1番精神的にやられた原因だと考えています。

 

もちろん書式があるので、記入して提出すればいいだけなのですが、

 

手書きはダメ。

手書きで書き足すのもダメ。

明確な現場名を書かなくてはダメ。

 

などなど色々と本社ルールがありまして・・・

それが一営業所の事務員が汲める訳もなく、

提出するたびに返されるというのを繰り返していました。

そのうえ、どんどんルールが知らないうちにふえていくんですよね(笑)

 

この書類ですが色々な人の承認やチェックが入るうえ、

社長の承認も必要なので今日提出してすぐ許可がもらえるような事はないんです。

 

ですがうちの営業所は現場の人数がギリギリのせいなのか、

必要な物品の在庫の管理や、

次の案件で必要な物品の数の算出等を

前もってできてないんですよね。

なので、案件が始まってから私に書式作成を依頼されて、

明日には欲しい!みたいな状況がほぼ毎回なので

本社の事務員さんに毎回私が怒られておりました。

(ちなみに本社の事務員さんも社長から怒られております。

本当に申し訳なかった。)

 

私は一応営業所の人間なので、

現場の現状を知っているから

こういう状況になるのも解るんです、

でも事務員でもあるので本社の方達の意見も解ってしまい、板挟み状態が続きました。

あまりにも辛いし、他の事務員さんにも迷惑が掛かっているので、

営業所の所長さんに

 

「改善してください」

 

と言っては見ましたが、全くしてくれず・・・

まああの人数では無理ですよね・・・

 

 

こんな感じで3年頑張りましたが、

辞める前の1年間の2018年はかなり精神的に不安定になり、

仕事のパフォーマンスが落ち

気分が安定せず

多動、不注意が強めに出てミス連発

 

2018年の夏頃に精神科医さんから休職を進められてはいたのですが、うつの悪い時あるあるでしょうか?

 

「今私が休職したら、仕事回っていかないかもしれない」

 

という謎の使命感で続けてしまい、

結局2018年12月末に出社したのを最後にそこから休職からの退職となりました。

 

今の私がもし過去にけるなら無理矢理にでも休職させますね。

まあ今だから言えるんでしょうけどね。

 

 

長くなっってしまったので、次に退職から今に至るまでの出来事を書こうと思います。