ユ・アイン ソウル新聞インタビュー 妄想付き。 | akkaの窓

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徒然なるままに

ユ・アイン「私はカンある俳優…反抗児よりセクシーで魅力的な男と耳にすると嬉しい」


映画『カンチョリ』で帰ってきた忠武路の若い血

揺れる青春、荒れた反抗児…. 多くの人々は彼をそのように修飾する。 忠武路の‘若い血’ユ・アイン(27)。

だが、本来彼はドラマ『チャン・オクチョン、愛に生きる』で粛宗を演技しながら得たセクシーで魅力的な男という修飾語が最も気に入ると言いながら笑った。 2日封切りする映画『カンチョリ』でスクリーンにカムバックしたユ・アインにソウル、三清洞のあるカフェで会った。



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▲反抗児的イメージで20台代表俳優になったユ・アイン.。

前作である映画『ワンドゥギ』と『カンチョリ』は題名から全てのものが違うと強調した彼は「この瞬間吹きだすエネルギーで最善の作品に会うことができる今が幸せだ」と話した。


パク・ジファン記者popocar@seoul.co.kr



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(アゴ割れてんな~。笑。)


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(端正なお顔立ち♡)


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(いや~ん。みつめないで~。)


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(あ~、肩こった~・・・。)


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(まったく!この俺様を何分待たせるんだ!!)


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(遅刻かよ!!怒。)


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(そこにひれ伏して謝れ!!)


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(よしよし。それでいいんだ。)


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(ちゃんと謝ればいいんだよ。)


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(上手な土下座だ。)


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(でも、まだ許してやらない。)


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(今日は返さないから。)



ぎゃ~~~~~~!!!!


妄想で、イケナイ台詞つけちゃった!!!


だって愛の奴隷なんだもん!!


あ、カッコ内は自分の勝手な妄想なので・・・こんなことは記事には書いていない。あしからず!!!



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「20代俳優が粛宗を演技するということ自体が本当に勇敢だったことのようです。 大衆が私をうんざりしなかったら良いと考えて選択したキャラクターでした。 もちろんオムファタールと同じ魅力がある役割だったが最高権力者が孤独で疎外されて孤立していて寂しい面があるとのことも知るようになりました。」

2005年青少年ドラマ 『四捨五入』でデビューした彼は初期から各種映画とドラマで猪突的でよどみない反抗児イメージで消費された。 彼をスターダムに上げておいたドラマ 『成均館スキャンダル』のコロの役割はやはりそのような演技線上にあるキャラクターであった。

「本来見られることより反抗児的気質が強い方です。 言いたいことは言って他の人々がしないことをします。 20代始めには特に既成世代と社会に反発心が多かったです。 そのような面が俳優としてイメージ化されながら他の俳優が白鳥ならばあの自ら憎いアヒルになったと感じたことも多かったです。 彼らとは違うようになったからです。」

だが、そのような特性はその他のイケメン俳優らとは異なる彼だけの個性と認められ始めた。 反抗的な目つきの秘訣を尋ねたところ「人でも事物でも真っすぐ凝視する方なので、それがそのように見えるようです。」としながら「私の格別な性格が差別性になってとても幸いだ」と話した。

だが、映画『カンチョリ』で彼は理由ない反抗よりは人生の逆境の中でも希望を失わない元気な青年として出てくる。 他の見方をすればとても優しくて地味だと感じられるほどだ。


「私が近頃、誠実に生きていなくてキャラクターに魅かれたかもしれないです。 作品を選ぶ時、戦略を問い詰めて計算機を先にたたくことになるからです。 それで『成均館スキャンダル』以前のように純粋な気持ちで作品を選択したかったのです。 そうしたら希望に対して話す今回の映画に魅かれたんです。 優しければつまらないという先入観がありえますがユ・アインがすれば新鮮で興味深いという評価を受けたいです。」

劇中カンチョルは痴呆で病気の母スンイ(キム・ヘスク)と詐欺にあった友人のために人生の危機に処しても大変だという言葉は絶対しない‘カン’一つでできた釜山男だ。

「自然だということから来る淡泊な男らしさということを作ってみたかったです。 カンチョルは人生が大変でその同じ年頃が働かせることができる虚勢やホラを働かせる余裕さえないですね。 私は二目をむいて傲慢に振り舞うのではなく成熟した苦痛の中で出てくる男らしさということが本物だと考えます。 それで力を抜いて状況にだけ集中しながら科しないように表現しようと努めました。」

20台の年齢にはやく成し遂げた成功に肩に力が入ったことはないのかと尋ねた。

「時々そうゆうこともあるが性格的に刃が鋭くなっているほうなので日常生活でとても他人に頼ったりスター意識ができるのを警戒する方です。」としながら「人気や富と名誉、私に向かった拍手など、いつ終わるかも知れないことを抱いたまま誘惑されて生きたくはない。」という答が帰ってきた。


やはり平凡でない話術だ。

ソーシャルネットワークサービス(SNS)を通じて政治、社会問題に対してもよどみない発言を吐き出す彼は「普段考えることをたくさんして文を書くのが好きだ。」と話した。

この頃SNSに文を間違って上げて逆風をむかえる場合が多いが心配になりはしないだろうか。

「もとより 政治、社会問題に関心が多いほうです。 私の声で話す空間があって主観があって、共有したいという考えがあるので、SNSに文を載せるのです。 芸能人として影響力を良い方向で広げたいです。 私はひとまず確信を持って慎重に話せばどのような反応がやってきても意に介さない方です。 自己確信があるならば誰がなんと言っても押し進めれば良くて、ひょっとして失敗があるならば認めればいいことではないでしょうか?」

‘俳優である人’でなく‘人である俳優’になりたい というユ・アイン。

彼は自身の容貌に対して「俳優をしやすい平凡で負担なくできた顔」としながら別名「芸能人妄言」隊列に参加した。

人間を扱ったヒューマンドラマが好きでリアリティーをすべての作品の基本だと考えるという彼の話を聞いてみると、派手な財閥2世でないカンで持ちこたえる同時代の青年カンチョルを選んだ理由にうなずくことができた。

それなら俳優ユ・アインのカンはどの程度であろうか。

「毎瞬間がみなカンで行くことのようです。 事実私は恐れ多くて小心で表情をたくさん見る方なのに純粋にカンで持ちこたえているんです。 人々が私を見つめるのも、SNSをして時にはインターネット上で戦うのもカンで持ちこたえますよ。 この頃それがとても減って悲しいですが…. 今後俳優生活もカンで耐えていくでしょう(笑)。」


イ・ウンジュ記者erin@seoul.co.kr


元記事はここをクリック ソウル新聞


(翻訳機使用・修正箇所あり。)


※ ここで出てくる 「깡」(カン) この意味をどう訳せばいいのかイマイチわからないが・・・

  「強情っ張り「勝ち気な」の意味があるらしい。

  「負けん気」と訳していいのかな~。と思っている。


  

それにしても、この記者さんアイン君のことよくわかってるわ~!!! 


いいところばっちり書いてくれている!!