おふくろの言葉が怪しくなってきて久しいのですがだんだん聞き取れなくなってきて最近は半分ぐらいしか分かりません。表情。その場の状況。あるいは身振り。最大限のアンテナを張って理解するようにしています。今にして思えばこれが週に1度(最近はよくサボりますが)お邪魔してる手話のサークル。これが随分役に立ってます。もともとそんなつもりはなくただ「聾の人と会話が出来たらいいな」という軽いノリで受講したのですが人が言わんとしている事を理解して受け答えをするというベースの部分は一緒。そういうこともあってとりわけ伝えることより相手の伝えたいことを理解するほうに重点を置いてます。
 教育の世界では「国語」という単語が出来るまで「読み書き」と言ってました。読みのほうが先です。よく「英会話覚えて海外に旅行したけど全く通じず会話にならなかった」といいますがこれも話すことほどにヒアリングが出来てなかったと言うことだと思います。
 講師さんがよく言われます。「手話は歴史も浅くまだまだ発展中。語彙も少ない。だから同じ単語でも幾とおりもの解釈が出来ます。それを助けるのは表情。身振り。シチュエーション。」どんなによく出来た落語でも難しい顔して話されたら面白くはないでしょう。手をやわらかく。顔もやわらかく。そして頭はもっと柔らかく。

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おふくろが世話になってる病院。看護助手の女性が退職します。看護士や助手が集まって記念撮影をしてました。ご本人の人柄でしょうか職場でもいい関係を保っていたのだと思います。ご主人の仕事の都合で母国ブラジルに帰られるとか。7月には第2子が誕生するのもあって今がその時期と判断されたのでしょう。気がかりなのは7つになる子供の言葉の問題。日本語しか話せない。上手く溶け込んでいけるか。折りしも日本では各所で学校でのいじめが表面化。人は自分と違うものを阻害する動物といいます。南米の温暖な気候。2月には有名なリオのカーニバルもあります。ブラジルにはいじめなんてないことを願います。個人的には思わず見とれてしまうほどの「飛び切りの美人」が見れなくなるのがなんとも寂しい。(笑)
週末には大阪に行くつもりです。手話のサークルにも顔を出して来ようかと思ってます。しばらく行ってないので単語がなかなか思い出せません。ついて行けずにいじめられるかな?案外アルツハイマーかもしれません。若年性は進行が早いといいます。でも開き直りではなく最近、晩年は感情さえ残ってくれるならアルツハイマーも案外いいかな?と思うようになりました。
大阪から三田に引っ越した時、ある程度覚悟はしていたのですがやっぱり三田は寒い。普段車は屋根のない日の当たらないところに駐車しているのですが朝動かそうとすると全体が真っ白に凍てついてます、エンジンかけてもしばらくは動けません。震えながらアイドリングを続けているとようやくフロントグラスから外が見えるようになります。この数分が辛い。走り出してからも市街地はいいのですがちょっと幹線から外れると日陰の部分は道路が凍ててます。その時だけ「やっぱりスタッドレスいるかな?」と思います。冬が来る前に迷ったのですがなんせ10年乗ってる車。今から冬タイヤ買ったところで次の検査までには買い換えることになる。さてその状態でどこまで我慢できるかな?ま、いよいよ駄目と思ったらその日は乗りませんけど・・・
  周囲を見渡しても平成生まれの人達ばかりというシーンが当たり前になった昨今、また一人昭和の怪物が亡くなりました。巨人大鵬玉子焼き。説明するまでも無いのですが私たちはミーハーと思われる人への蔑称として使ってたように思います。それほどにずば抜けた実力と人気が言わしめた言葉。私が通ってた関西の小学校でも同級生はほとんど巨人ファンだったように思います。へそ曲がりですからその当時から玉子焼きを除いてどとらも好きにはなれなかった。でも巨人のV9そして大鵬の幕内優勝32回。残念ながら我が阪神も柏戸も力の差は歴然としていてとても追いつけなかった。翻って今、彼らに匹敵するような怪物がいるか?そういうのが出来ない時代なのかもしれません。日本の経済にパワーが無くなったのとどこかで繋がっているような気がします。
  前回久しぶりにポラさんから熱いコメントいただきました。相変わらずで安心しました。(笑)。あれから1週間近く経って状況も変わってきているようです。折りしも甥が今日からセンター受験ということもあって(どういうわけか毎年一番寒い時にやります)再び関心を持ってニュースを見ています。パフオーマンス好きな橋下市長。どこまで本気か分かりませんが例の高校の教員をそっくり入れ替え、事件のあった体育科は入試も行わないそうです。反応みてから落としどころを探すのかもしれませんがこれに受験生や父兄。そして中学の校長が反発しているようです。「これまでこの高校に入るのを目標に一生懸命がんばってきたのに直前の入試中止はひどい。子供達に何の罪も無いのに」そういう考え方がある。私はそれまで逆に「あの高校、評判落としたから受験する子がいなくなるのじゃないか?」と思ってました。考えが甘いのかもしれません。そういえば受験前後の受験生とその親は考え方がちょっと変わります。私も覚えがあります。それまで「学校なんてどこでも一緒。自分の能力に合ったところに行けばいい」と言ってたのが実際その渦中に入ると「あと何点取ればこのランクに入れる」とまるで一生を左右するかのように真剣に思うようになります。過ぎてしまえばどうってことないのですが一種のエアーポケットの入ったような感じです。今?はるか昔のこと。な~んとも思いません。(笑)数年前でしたか、焼肉屋で生肉食べて食中毒。死者も出たという事件がありました。あれから生肉は販売中止になり、当然そのお店は営業停止になった筈です。それでもそのお店の肉が食べたいという人はやっぱりいたのかな?同次元で話すのは不謹慎かもしれませんが学校だって教育指導がまともに出来ずにその結果死者まで出した。それも何度も指摘されていたのに学校全体で適当にごまかしてきた。そのまんまで新装開店はいくらなんでもないと思うのは私だけ?どうせやるなら今度は病院じゃないけど入学希望者に「指導ミスで死んでも文句言いません」って一筆書いてもらうといい。

  大阪の桜ノ宮高校生が体罰が原因で自殺したと問題になっています。都島区は仕事のエリアでこの高校近辺にも何軒かお得意さんがあり週に何度か前を通りました。確か元阪神の矢野捕手の出身校だったと思います。昔から公立校では珍しく運動クラブの強い高校でした。かといって学力的にもそれほどレベルも低くは無かったと思うのですが最近はどうか分かりません。体罰。私が学生だった頃は「先ず肉体よりも精神」という風潮があって当然「体罰」らしき洗礼も何度か受けた記憶があります。でも今になってそれがいくらかでも私の精神形成に役立ったとはどうしても思えない。逆に忌まわしい記憶となって残ってます。それは当時から好ましく思ってなかったので自分たちが先輩と呼ばれるようになった時、同じ学年の仲間と話し合って下級生に体罰と呼ばれるような行為はやめようと話し合ったことを覚えてます。その結果、後輩達が特に弱くなったとは思いません。体罰。「愛の鞭」なんて誰が言い出したのか知りませんがそういう言い方をするといかにも過失にたいして罰を与えている。結果本人の為にと錯覚するのでしょう。でもつまるところは「暴力」。以前よく問題になった「いじめ」と変わらない。それにしても「いじめ」の時も思ったのですが教育委員会。そして学校。今回は公立校。職員は公務員です。この人達の自己弁護。無神経さにあきれます。教師は「聖職」だなんていいませんがせめて普通の社会人としての対応が出来ないものかな?」

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 アップしようと思ってて忘れてました。年末の27日。姪(中一)が焼いてくれたバースデイケーキ。カメラ持ってなかったので携帯で撮ったから上手く写ってませんが実物はなかなかの出来。一応事後報告まで。(笑)
 
 去年の年末の忘年会は見事に全てキャンセルしました。といっても仕事関係はさすがに1件を除いてお誘いはありませんでしたし仕事以外も少人数の分ばかりで2件だけ。例年の12月というと忘年会のはしごをしていたのですがそれも仕事がらみがほとんどと言うことになります。数十年ずっとこんなことを繰り返していたわけです。仕事以外の2件のうちの1つは手話のサークル。「ちょっと顔を出そうかな?」とも思ったのですがこれも結局キャンセルしてゼロ。この調子で新年会も・・・と思ってたのですが年賀状の中に見慣れない差出人からのが一通。しかも女性。(笑)小さな字で「お疲れとは思いますが新年会は是非参加してください。お待ちしてます」とあります。手話サークルの講師さんからです。忘年会行かなかったからかな?おふくろの状態が安定してたら時間都合してちょっと顔だけ出してこようかなと思ってます。

年が明けてもう1週間。正月の間にずっとやりかけになっていた会社の帳簿整理。決算書類の作成をと一応机の前には座るのですが例によって30分と続きません。そして思うことといえば縁起でもないと言われるかもしれませんが寿命。安楽死。延命・・・なぜかそんなことばかり。とっくに答えを出したことだと思っていたのが最近現実味を帯びてきたのか考え方が変わってきています。

寿命。これまでは機械でいう耐用年数という風に考えてました。でも例えば心臓。私の脈拍は100を超えます。普通の人の倍。普通100まで生きるように作られているのなら私は50でスクラップ。そう考えると現在はおまけで生きてることになる。

延命処置。10年ぐらい前から「延命処置拒否」のカードを持ってます。でも最近になって延命処置の線引のようなものを考えるようになりました。当初考えていた延命処置といえばチューブにつながれて意識もなく寝たきりでただ、生命を維持するだけ、そんなイメージでした。今、おふくろの病院で胃ろうをしている人は入院患者の半数を占めます。でも病棟で見るその光景は口から食事が出来ないというだけでごく自然で点滴の延長のような感じ。これも少し前なら「延命処置」と言ってはばからなかったと思います。

安楽死。これもまた難しい。一般的に私たちが言ってる衰弱死。聞こえはいいけど早い話が「餓死」と言うことになる。その時になってみないとどんな感じかわかりませんがよく冬山で遭難して「眠るように死んでいく」というのとはちょっと違うような気がします。病院で最後を迎える人が大半を占めるといわれる今、そのときになって迷わないようにと思うのですがこれはなかなか難しい。そう考えると案外「認知症」っていいかな?と思います。

正月。ついついこれまでと比べてしまうのですがおふくろ。今年は外泊ではなく外出という形になりました。尿路感染で高熱を出したり、下血で輸血までした年末。主治医からぎりぎりまで外泊許可をもらえませんでした。最終的には医師から許可が出たのですが多分(これが最後だろう)というニュアンスがあったのだろうと思います。当然私たちにもそういう思いはありました。慎重に日を選び元旦と2日。天候も比較的安定しているようなので迎えに行って送り届けるそれを2日間。結果は案じていたような体調変化もなく逆にそれまで以上に元気になって帰院することができました。介護における家族のもたらすパワーを再認識しました。そしてなにより本人の生命力に驚きます。
今年も残すところあと1日。今年は去年までとは随分変わった年末になりました。例年なら仕事納めと言ってたかだか数日休むだけなのに「年内最後になります。」と言ってその都度「どうぞ良いお年をお迎えください」と朝から晩まで会う人毎に挨拶していたのを思い出します。それがなくなって随分スッキリするかと思ったのですがその分、感慨も薄れ日常の延長という感じでこのところ頻繁にある連休の一つとしか捉えなくなりました。道路交通情報などを見ても「気の毒に・・・」と全く人事です。おせちも例年頼んでいた割烹さんが遠くなってそれだけに行けません。だからといって知らないところに注文する気にもなれず今年はパス。先日の牧師。脳梗塞で入院されたそうです。やはり心労が重なったのか?と思います。お見舞いに行かないといけないと思うのですがさて、いつ頃がいいか?正月には母親を連れて帰ることになってます。今回は点滴があるのとまだ食事ができないので外泊ではなく外出。それでも1日と2日2回に分けて外出許可をもらってます。寒くならなければいいのですが・・・なにはともあれ今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。今から[しめ飾り]吊るします。