戦場が舞台となった映画ハートロッカー。それと同時にドキュメンタリー賞に「コーブ」が選ばれました。「年間数万頭のイルカが意味もなく殺される」舞台にされた和歌山県太地町は「虚偽の事項を事実として表現している」と抗議しているそうです。どちらが正しいか?は知る由もありませんが太地にしてみれば迷惑な話。どうも白人社会特有の「日本人=野蛮人」という潜在意識を感じるのは私だけ?
 奇しくも65年前の3月9日。夜10時30分、アメリカ軍編隊が東京上空に飛来。ラジオ放送が中断され、警戒警報が発令されました。同編隊は房総半島沖に退去して行ったため、警戒警報は解除。ここに大きな油断が生じ、9日から10日に日付が変わった直後に引き返してきた編隊による低空爆撃が開始されました。約300のB29爆撃機による爆撃は人口過密地帯に焼夷弾を投下。木造家屋に油をまいて上からh火をつけるような攻撃。火炎地獄と化します。そして、逃げ惑う市民には超低空のB-29から大量の榴弾や機銃掃射が浴びせられました。行き場を失った人たちは氷点下0度の川に入り凍死する。彼らや彼女達は兵士じゃない民間人。イルカは知能が優れた生き物だから殺してはいけないとヒステリックにいう人達の親や祖父達が日本人女性や子供あるいは老人を皆殺しにしようとした。戦時下の異常な状況がそうしたというのでしょうがそれでも私の理解を超えてます。
「私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需工場を破壊していたのだ。日本の都市の民家は全て軍需工場だった。ある家がボルトを作り、隣の家がナットを作り、向かいの家がワッシャを作っていた。木と紙でできた民家の一軒一軒が、全て我々を攻撃する武器の工場になっていた。これをやっつけて何が悪いのか…。」(当時指揮をとっていた将軍の言だそうですがこの感覚は後に「負け戦」になったベトナム戦争にも通じます)

アバターのキャメロン監督が次作の構想に『広島』を考えているそうです。所詮は「出張戦争」しか経験したことのない民族。受ける側の痛みは分からないと思いますがどんな理屈をこねた作品が出来るか別な意味で興味があります。
 図らずも昨夜から降り続く雨。涙雨か。ひょっとして今の私の父母か祖父母であったかもしれない犠牲者の方たちの冥福をあらためて祈ります。