入学式シーズン、お得意さんでPTA以来何十年この方引きずり?今尚入学式卒業式には来賓のお誘いを受けている方がおられます。律儀にも毎回出席されているとか。「また行って来たでぇオジンさん!」「お疲れ様です。高いお弁当いただきに?」「ほんまや。高い弁当。それでも今年は新入生、54人もいた。2クラス出来る。」近年少子化のあおりで1学年1クラスというのが当たり前になっていてそれすら集まらなく学校自体が統廃合されると聞きます。「クラス替えできますやん」「そうやなぁ。今の子はかわいそうやで、学校入って6年間ずっとおんなじクラスや。いろんな子供と交じり合うのも教育やと思うんやけどなぁ」確かに私が小学生の頃はどの学年も数クラスあって学期ごとの席替え。そして年度ごとのクラス替えが当たり前でした。「次も同じクラスやったらええのにね」「そうやね」なんて言い合っていたのに違うクラスに振り分けられ寂しい思いをした事もあります。ただ、その頃ってすぐにまた仲良くなる子が出来てあれほど仲良しと思っていた子とも偶に廊下ですれ違っても挨拶するだけの仲になる。子供ながらも無意識のうちに世の中にはいろんな考え方をする人がいて人と人の接点。相性。そういうものの輪を広げて行く。それが将来社会に出ても個と個。集団と集団。そして集団の中の個。そういう概念を作る。そんな事を話すと「そうや。いい子に恵まれたらいいけどいじめにでもあったらそれが6年続く。性格歪んでしまうわな。」「お互い、ええ時代に生まれましたなぁ・・・」「数が多い分競争もきつかったけどな」「なるほど。それもそうです。どっちがいいのやろか?」
教育は母のひざに始まり、幼年時代に聞く全ての言葉が性格を形成する。
byバロー(英:数学者、神学者)
byバロー(英:数学者、神学者)